3R アイドル=偶像

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 香奈のスマホの画面にはカクテルのモデルである現役の推し馬、シュクルリーヴルの写真が表示されている。今年三歳の牝馬で、三歳の馬だけが走ることのできるレースで活躍した馬だ。牝馬三冠と呼ばれる桜花賞・オークス・秋華賞に参戦し、オークスでは見事に一着、残りの二つも五着以内と健闘した。  香奈は推しの女の子の写真を見ながらグラスに指を這わせる。  アイドルの語源は偶像である。偶像とはすなわち崇拝の対象だ。推しを推す行為は時に崇拝にも似た物であり、宗教じみた威力を発揮することもしばしばある。亜由美はそんな聖地の沼の畔で片足だけを水に浸して様子を見ている状況であり、香奈は沼のうちより亜由美に向かって手を伸ばしていた。  もう、このまま勢いを付けて飛び込んでしまおうか。そんな風に考えながら、亜由美はムジークヴィントをイメージしたカクテルで口を潤わせた。 「ヴィントくん次走決まってましたっけ」 「次はね、えっと……。ホープフルステークス……?」  十二月末に行われる二歳のみのGⅠだ。珍しく平日に行われるレースのため、リアルタイムで視聴することはできない。しかし推しの初GⅠなので、亜由美は応援の気持ちを込めて馬券を買う予定である。 「シュクルリーヴルは」 「クルリちゃんは来週のジャパンカップです! 先輩達と走るのは初めてなので胸を借りるつもりで……でもやっぱり一着になってほしいな……。うーん、でも元気に帰ってくればそれでいいです!」 「頑張ってほしいね」 「はい!」  その後しばらく馬の話をしてから、二人は帰路に着いた。  翌週、香奈の推しであるシュクルリーヴルはジャパンカップに出走した。結果は十着だったが、力の強い先輩の馬達に負けない存在感を示すことはできた。シュクルリーヴルの売りは大胆な逃げの作戦だ。スタートからゴールまで、誰かに抜かれるまでずっと先頭を走り続ける。歴戦の猛者達を引き連れて芝を疾走する乙女の姿に心を打たれ、ファンも増えたそうだ。
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