5R 春嵐駆け抜けて

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「頑張れ……。頑張れ、ムジークヴィント……! 頑張れっ!!」  ムジークヴィントの少し前を十番のゼッケンの馬が走っている。先頭集団の後方から追い上げて来た十番に、さらに後方から追走するムジークヴィントが迫った。  おじさん達の「行け!」「差せ!」「残せ!」という声に混じって、若者の「うおー!」「すげえ!」という声、子供の「がんばれー!」という声が聞こえる。  亜由美も力が入った。拳を握り、呪文のように、祈るように、小さく声援を送る。 「頑張れ、頑張れ……! ヴィント!! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ……!!」  十番の馬とムジークヴィントは互いに譲らず、ほぼ同じタイミングでもつれるようにしてゴール版を駆け抜けた。観客がどよめき、ざわめく。 「えっ……?」 「あれっ、今のどっちですかね?」  周りの観客達も各々の同行者と顔を見合わせ、一人で来ている人も大型ビジョンと馬を見比べていた。大型ビジョンの掲示板には一着と二着は写真判定という表示が出ている。 「こ、駒村さん……」 「あわ……わ……。どうしよう……。どうしよう芝崎さん……。ムジークヴィントは……」  ざわざわとした場内の視線は掲示板に向けられている。勝ったのはどちらの馬なのか。 「あ」  確定という文字が表示された。人々が大きく盛り上がる。  亜由美は息を呑んだ。声が出る前に、涙が零れた。体全体が震え出しそうだった。自宅で一人で見ていたら号泣しながら頽れていたかもしれない。香奈が飛び付く勢いで肩を叩いて来る。 「ムジークヴィントっ……!!」 『一着は六番ムジークヴィント! GⅠ二勝目!』 「あっ、あぁ……! やった……! やった! やったー! おめでとう!」 「すごい! すごいですねヴィントくん!」 「ど、どどどうしよう……! 私、私……。こんなに、こんなになるなんて……」  亜由美はバッグからハンカチを取り出して目元を拭う。  推しの晴れ舞台を生で見て、そこで推しが勝利を手にした。感激、歓喜、興奮、ありとあらゆるポジティブな感情や動きが体を支配していく。しばらく動けないまま、亜由美は感動に打ち震えていた。 「これが、これが推し……。推しを、応援するということなんだ……」 「ほら、表彰式が始まりましたよ」  香奈に手を引かれ、群衆の隙間を通り抜けてコースに近付いた。  笑顔の速水騎手と関係者が記念撮影をしていた。皐月賞の優勝を記念するレイを肩にかけたムジークヴィントが傍らに立っており、マスコミやファンのカメラを気にしつつも速水騎手の方を興味深そうに見つめている。
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