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昨日、中山競馬場を後にした亜由美と香奈は夕食を共にしてその後ムジークヴィントの勝利を称え祝杯を上げた。大興奮といった様子で普段の香奈のように高ぶった気持ちを熱く語ってグラスを煽り続けた亜由美は、勢いそのままに香奈を連れてカラオケで熱唱しマイクで「ムジークヴィント!! おめでとう!!」と叫んだ。
語り合いたいがために付き合った香奈は後半にはソフトドリンクを飲んでいたが、ずっと上機嫌な様子でふわふわしており、心配した亜由美が呼んだタクシーで帰宅したのだった。
「ごめんね私が連れ回したから」
「大丈夫です。別に二日酔いってわけじゃなくて、楽しくって疲れちゃって。駒村さんずっと嬉しそうに話してるから、ずっと聞いていたくなっちゃって……。楽しい時間と疲労って背中合わせというか、めいっぱい楽しんだ後って疲れちゃうことありますよね。それです」
そう言って、香奈は茶封筒を亜由美のデスクに置いた。
「ん。これは?」
「昨日の写真印刷したんですよ。駒村さんにプレゼントです」
それではまた後で、と香奈は少し離れた自分のデスクに向かって行った。
亜由美は封筒を手に取って中を確認する。ちらりと覗き込むと、ムジークヴィントの綺麗な写真が入っていた。亜由美がスマホのカメラと格闘したり感動に打ち震えて動けなかったりした間に香奈がデジカメで撮影して来たもののようだ。予期せぬ供給に亜由美は一瞬硬直する。
「駒村さん……?」
「あ……。く、鞍田君、推しっていいものだね」
「え? うん、そうね」
今日の仕事はなんか上手くいく気がする。そんな気がして、亜由美は朝からずっと高いテンションをさらに上げる。写真が折れてしまわないように、封筒は雑誌に挟む形でバッグにしまった。
資料作成も電話対応も何から何までばりばりとこなし、昼休みがやって来る。午後の会議も何とかなりそうだ。
同僚と外に食べに出ている智司のデスクに香奈が来て椅子に座る。お弁当を突いていた亜由美が写真の礼を言うと、香奈は「好きで撮ってることなのでお礼なんて」と言った。
「次……次も楽しみだな……。ねえ、芝崎さん、次ってあれだよね」
「そうです」
日本ダービー! と、声が重なる。
亜由美が初めてテレビで見たレース。アルテフェリーチェの衝撃的な走りを見たレース。競馬ファン以外でも耳にしたことがある人が少なくない、競馬の祭典とも言われる特別なレースが今年もやって来る。
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