込み上げるもの

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込み上げるもの

 僕は目を瞑り、胸の前で拳を握って左耳を差し出す。すると、りっくんは鼻を覆って倒れ込んだ。  なんでも、僕が涙目で見上げて可愛くお願いしたから鼻血が出そうだったのだとか。不安すぎて、もう任せられないんだけど。困ったなぁ····。 「りっくん、大丈夫?」 「待って、ごめんね。ちょっと落ち着くから····」 「お前··大丈夫かよ。可愛いの分かるけどさぁ、大袈裟すぎじゃね?」  啓吾が呆れて言うと、りっくんは鼻を覆ったまま反論する。と言うか、この勢いは抗議だ。 「はぁ? これでも抑えてんだけど。遠慮なくリアクションしたら部屋破壊するよ?」 「やめろや」  彼は一体、何を言っているのだろうか。いくらなんでもアホすぎるよ。八千代なんて、相手にする気もなく、ただ止めただけだ。 「りっくん··、アホすぎるよ」  僕は、心の声をそのまま届けてしまった。だって、真剣にアホな事を言うりっくんが、あまりにもアホだったんだもの。 「もう莉久のアホはいいわ。今更だろうが。んで、お前その調子で安全に空けれんのかよ」 「余裕。ゆいぴに無駄な傷なんて絶対つけないから。ミスったら腹切るから大丈夫」  いつになく、りっくんがおバカだ。けど確かに、どう間違えたって僕を傷つけるなどはずないのが、僕に狂ったりっくんなのだ。 「りっくん、ミスっても大丈夫だから切腹はしないでね。僕、まだまだりっくんと生きてたいからね」 「ゆいぴ····俺頑張r──」 「はぁ····。なんでお前もそうやって莉久をアホにするような事ばっか言うんだ? ちょっともう黙ってろ。いつまで経っても進まねぇぞ。莉久も、さっさとやれ。(なげ)ぇ」  痺れを切らせた朔に怒られてしまった。ついでに、朔に回収されて膝に乗せられた。  僕たち2人だと、昔からこんな感じなんだけどな。付き合ってなくてもおバカだった。朔の言う通り、何かにつけて時間はかかる。  楽しいからいいやと思っていたけど、やっぱり他の皆には鬱陶しいのかな。 「うぜぇ」 「イチャついてる感がな〜」 「いや、時間が掛かるからだろ。さっさとやるならどうでもいいぞ」 「····え。僕、思ってること声に出てた?」 「「「「顔」」」」  なんてこった。僕の顔は、全てを物語ってしまうらしい。それこそ、いつもの事だけど。  僕は、両手で頬をパシッと挟んだ。そして、心の内を漏らさないようキリッと整えた顔で言う。 「もう怖いの顔に出さないよ! さ、りっくん。早く左耳(こっち)もどうぞ」 「待ってね〜。耳冷やしなおそうね〜」  そう言って、りっくんが耳ダブを保冷剤で挟んだ。 「ひゃぅっ」  胸を張って言ったのが恥ずかしくなるくらい、あっさりと顔に出してしまった。····もういいや。  八千代の時と同じように、今度は朔が僕の気を逸らす。吐息が混じり合う甘いキス。朔の舌に夢中になっている間に、遠くでカシャンと聞こえた気がした。  こうして、騒がしく僕の両耳に1つずつ穴が空いた。暫くは、消毒などをしなければならないのだが、それも皆がやると言って聞かない。  諦めて、家でのお風呂上がり以外は任せることにした。皆、どれだけ僕ができないと思っているのだろう。  僕の両耳に光る、小さなピアス。これも皆が石の色を選んでくれた。折角だから、記念にそれぞれ選んで贈りたいと言ってくれたのだ。  空けると決めてからすぐ、ピアッサーを自分で買うと言ったらダメだと言われた。八千代が言うから、また怒られているのかと思ったんだ。  しょぼんとして『ダメなんだ····』と思っていたら、それは皆の我儘なのだと後から付け加えられた。説明してくれたのは啓吾だったけど。  皆は、僕の“初めて”を物凄く重視する節がある。僕も然りだけれど。そこでふと、ほんの興味本位で気になった事を聞いてしまった。   「ねぇ、皆の初体験ってどんなだったの?」  一斉に僕を凝視する。そして、ゲンナリした顔の八千代が言葉を返してきた。 「······アホかお前。何聞いてんだよ」  自分でも、バカな事を聞いてしまったとは思っている。けど、今は好奇心が(まさ)っているのだから仕方ない。 「ゆいぴ··、そんなの聞いたら妬くでしょ? ね? だからそういうのは聞かないで──」 「俺覚えてない」 「なんで啓吾は普通に答えんの?」 「俺も覚えてねぇけどな」  先手必勝と言わんばかりに、八千代がりっくんを出し抜いて答える。してやられたと顔で語るりっくんは、ほんの少し考えて、眉間に皺を寄せながら言葉を放つ。 「······ハァ。俺もゆいぴの事で頭いっぱいだったから覚えてないや。相手すら覚えてない。ずーっとゆいぴの事ばっか思い浮かべてたもん」 「え、皆··最低だね。僕が言うのもアレだけどさ、いくらなんでも相手の子が可哀想だよ」 「んじゃお前、初体験を赤裸々に語ってほしかったんか?」 「ぅ······や、やだ····」  それは嫌だ。でも、女の子と致した事がない僕としては、やはり興味が無いわけではない。けどこれは、単なる知的好奇心だ。 「恥じらいながら語れたら良かったんだけどねぇ····。ゆいぴとのえっちしか記憶にないんだよね、マジで。他は断片的っていうか、うろ覚えって感じ」 「俺は付き合ってもない子だし。いちいち覚えてない」  次々に飛び出す最低な発言たち。よくこれでモテてたよね、ホント。でも、皆の記憶に残っているのが僕だけだって言うのは、思いもよらない利得だった。 「俺は、初体験ちゃんと覚えてるぞ」  そう言って、朔は僕の頬に手を添えると、ゆっくりとベッドに押し倒す。  そりゃそうだ。だって、相手は僕なんだもの。覚えてなかったら盛大に拗ねてやるんだから。 「あ、当たり前でしょ! あんな濃い初体験、忘れてたら怒ってるよ」 「ははっ、安心しろ。一生忘れらんねぇよ」  朔は首筋に唇を這わせ、りっくんが着けてくれたピアスにキスをする。そして、その少し上をペロッと舐めて言った。 「次は、ここに俺が空けるからな。怖くねぇように、俺の膝に乗っけててやる。んで、見つめ合いながら空けてやるからな。俺と目合うだけでドキドキするんだろ?」  そんな事を言って、僕の目を射抜くように見つめる。心臓が爆ぜそうだよ。  朔は、僕のチョロい心音を確かめるように、僕の胸にふんわりと手を置いた。 「ふはっ、もう(はえ)ぇ」  眼前で炸裂される王子スマイルに、僕は吐血しそうなくらいトキめく。造形美的な美形の朔は、笑顔の破壊力が凄いんだよ。 「にしてもコレ、心臓大丈夫か? 速すぎねぇか?」  僕は、両手で顔を覆って懇願する。 「だったら至近距離で王子スマイルやめてぇ····。カッコよすぎで心臓爆発しちゃうよぉ」 「お、わりぃ。ん? 俺の所為で心臓爆発しちまうのか? 一緒に居れねぇじゃねぇか。····どうすんだ」 「さ〜っくん久々にぽやっと炸裂してんね。あんねぇ、悪いのは朔だけじゃねぇのよ? 結人の心臓なんか、その気になりゃ俺らでも爆ぜさせれっから」  確かに、皆を見てるといつ爆ぜてもおかしくない。むしろ、今まで無事だったのが不思議なくらいだ。僕は、自分の強靭(タフ)な内臓に感謝しなくちゃ。 「え····お前ら何考えてんだ? そんな事したら許さねぇぞ」  朔が可愛い。こんな美形の大男に、可愛いだなんてどうかしているかもしれないけれど、だって可愛いんだもん。啓吾の言う事だって尤もだし。  僕の弾けそうな鼓動も、耳に空いた穴も、変わっていく自分も好きだ。卑屈だった僕がそう思えるようになったのは、紛れもなく皆のおかげ。  僕の“初めて”を、全部皆にあげる。何も無かった僕に、沢山の意味や価値を見出してくれるから、もっともっと皆に染まっていきたい。その結果が“僕”なんだと思うから。 「朔····僕ね、皆にドキドキして心臓が弾けちゃうんならいいよ。だからね、僕の心臓····もっとドキドキさせて?」  僕の胸に置かれた手に、そっと僕のを重ねる。キュッと朔の手を握ると、グッと表情を強ばらせ頬を赤らめた。 「俺のほうがドキドキさせられてるけど、いいのか?」 「僕が朔をドキドキさせてるの? うっそだぁ····」 「嘘じゃねぇ」  朔が僕の手を持って、自分の胸に押し当てる。それと紅潮した顔を見れば、方便ではない事が分かった。  調子づいた僕は、まっすぐ朔を見据えて言う。 「朔と、えっちシたい··な」  不器用な僕は、りっくんや啓吾に教えてもらわないと複雑な誘い方なんてできない。だから、凄く恥ずかしいけれど、気持ちを素直に伝えるしかなかった。  朔は、蕩けるほど甘く抱き潰してくれた。  時折漏らす『好きだ』が、必死に昂りを抑えているようだ。僕は、堪らなくなって『好きにしていいよ』と耳打ちした。  直後に貫かれた衝撃を最後に、記憶は途切れてしまった。  目が覚めたら、ボケッとしたまま八千代のバイクに乗せられて、家に届けられた。  八千代は、母さんに『ついさっきまで寝てたんで』と説明すると、僕の頭を撫でて帰ってしまった。  濃い2日間だったから、なんだか凄く疲れてしまった。僕は、何とかグループ通話を繋いだが、すぐに寝落ちてしまったらしい。
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