第一章

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第一章

   夜が明けそめる頃、丸みを帯びたハスの蕾は、ゆっくりと開き始める。    真夏の朝に満開の絶頂をむかえ、昼過ぎには閉じてしまう。    花の命は四日たらず。  刹那に咲き誇り、ひとひらひとひら儚く散ってゆく。  ◆  天宮(あまみや)咲衣(さえ)は東京で生まれ育った。父はもともと都内の大学病院の医者だったが、一年程前にX県の提携病院に転勤となった。「なにがなんでも東京で暮らしたい」、という娘の希望を尊重し単身赴任をしていた。  ところが今年の春先に過労で倒れてしまい、心配になった母は一家で移住を決意したのだった。かくして、高校一年生の夏に転校をよぎなくされた。  新たに通うのは県立芦河(あしかわ)高校。山々や川、田畑など、豊かな自然にかこまれた芦河町にある唯一の公立高校だ。  咲衣が通る通学路には広大なハス畑がある。夏休み明けの新学期、登校途中に一輪だけ咲いているのを目にした。ちょうど、その花と同じ名を持つ少年と知り合ったばかりだった。  自転車を止めて写真を撮ったが、その一輪は下校時に姿を消していた。
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