102人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
*
ある月曜日。
午後八時にさしかかったころ。
今日は学習塾のオンライン個別指導の日。咲衣は中学生のときから利用している。
「それじゃ、このへんで」
「せんせー、きょう宿題多いかも」
ノートパソコンの画面を前にして、咲衣はくるんとペンを回す。
「油断してるとすぐに試験期間になっちゃうからね」
家庭教師・エリは現役大学院生で高校受験のときから咲衣の担当をしている。
「で、学校生活のほうはどう? そろそろクラスにも打ち解けてきたころでしょ」
「まあ……みんないい子たちばっかりです」
「前話してたイケメンくんとは、その後どうなったの?」
「それなのエリ先生っ!」と、机に手をついてパソコンのディスプレイに顔を近づけた。
「不良かと思ったらどうも違うみたい。むしろ、みょーに礼儀正しいんですよ」
「というと?」
「朝、おはようって声かけると『おはよう』ってボソッと。でも必ず返してくるんです。ポニーテールを引っ張ったときのことを蒸し返してきて『ほんとにわるかった。魔が差した』ってわざわざ謝ってきたり」
咲衣の声がほとばしる最中、画面越しにエリの表情はフリーズしている。
「あとね先生っ、いつも背筋がまっすぐなんですよ」
ここ数日さりげなく蓮を観察し続けていた。彼はポケットに手を入れる癖があるようだが、歩いてるときは上半身が全然動かない。授業中も常に姿勢が美しい。
「昼休みにどこにいるのかなあ……四時間目終わると荷物持って教室出ていくんですよ」
「……うん」とエリは相づちを返す。
「放課後もすぐ帰っちゃうんです。どこでなにしてるのかなあ」
話をさかのぼれば八月のまだ高校が夏休みのときだ。うだるような残暑の昼さがり、川で水浴びしている蓮と偶然出会った。
学校が始まりその川のほとりでもう一度会って話した。しかしそのあと何度おとずれても彼は姿を見せていない。
最初のコメントを投稿しよう!