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慎重に行動
*
翌日の昼休み。
蓮はいつものように教室を出ていった。
まてまて……と咲衣の目は彼を追いかけている。
「ちょっと用事があるから先に食べてて」と、転校初日から一緒に昼食をとっている女子三人に声をかけた。
そのようなわけで、咲衣は蓮にこっそりついていったわけである。
慎重に行動……慎重に行動。
家庭教師エリに助言されたことを念仏のようにつぶやいている。腰をかがめて、廊下の曲がり角からそっと顔だけのぞかせて様子をうかがった。
「こっちって、たしか…」
向かっているのは、一階の校舎北側のはしのはしっこだった。このまま廊下を進んだら、行き着く先はひとつしかない。
「やっぱり。美術室だ」
咲衣は芸術の選択科目で美術をとっている。だが蓮は違う。聞いたところによると、書道を選択しているのだとか。となると美術室になんの用が? 謎はさらに深まった。
蓮は美術室手前の準備室の前で足をピタリと止めた。ポケットに手を入れたままドアの前でじっとしている。彼が動かないので慌てて隠れる場所を探した。
がしかし、ほかに教室もない一方通行の廊下で身を隠せる場所などなかった。
咲衣の立っているほうへ、蓮は顔を向ける。
(——やばい! )
反射的に廊下のすみっこへ逃げてしゃがんだ。ひざをかかえて丸まって顔を体にうずめる。
「なにしてんだ、あんた」
低い声が頭のすぐ上のほうから降ってきた。さっきまで四、五メートルは離れていたのに。顔をあげると蓮はすぐそばにいる。
咲衣は立ち上がって開口一番、「やあ」と笑った。
「やあじゃねえよ」
笑ってごまかせなかった。なにしてるんだ、ときかれて咲衣は考えた。美術室に用事があると嘘をつけばいいものを、あえてありのままを口にしたのだった。
「君がいつも昼休みに教室からいなくなってるから、どこにいるのかなって」
「それでストーキングか」
「これってストーキングになっちゃうの?」
「自覚ないのか。普通にキモい」
「そんなつもりじゃなくて、私はただ慎重に行動しようと思っただけで……」
弁明する咲衣をほったらかしにして蓮は去ろうとする。来た道を引き返すように一歩を踏み出した。
「ちょい待ち。美術室に用事があったんでしょ?」
呼びとめると彼は止まってふりむいた。
「用なんかない」
「うそ! なんか隠してるでしょ」
「あんたに関係ないだろ」
「つまりなんか隠してることは否定しないんだ」
「……コイツ」
蓮は上目で見あげてくる咲衣をにらむ。まるで百獣の王ライオンがつぶらな瞳のチワワを見おろしているかのような。
ふたりが対峙していたそのとき、廊下の角をまがってひとりの男性が現れた。ふたりのほうへと歩いてくる。彼は美術教員の高峰伊織だ。
「タイミング悪すぎるんだよ」と、蓮は高峰が近づいてくるのを見て顔をしかめる。
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