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――あぁ俺死ぬのか。
20XX年、第三次世界大戦が勃発した。世界が激しく燃えて、まるで最後ぐらいは輝きたいと言わんばかりにこの世界は真っ赤になった。
戦争が起きたのだ。歴史で学んでいたように俺も例に漏れず自分の意志とは関係なく国に徴兵された。俺昔から運動は苦手なんだ。正直別にどこが勝ってもどうでもいいし、生きていられるなら奴隷でもなんでもよかった
なのにこれは国の義務だ?国の為に魂を捧げろ?
冗談じゃない。国に命捧げたせいで、俺はすべてを失ったんだぞ。家に帰るための二本の足。思い出を覚えておくための脳みその一部、誰かを抱きしめるための利き手。
戦争を起こした上層部は俺のそれ全部戦争に勝ったら返してくれるのかよ。
吹き飛んだ腕を握りしめながら俺は歯を食いしばった。
どうせ今頃上層部は戦況がどうやら全滅だとか言ってるんだろ。
そんな一言で俺らの命が表せると思うな。その言葉の中にはどれだけの無念が詰まってると思うんだ。
第二次世界大戦のあと技術は発展して戦闘AIとかもたくさん作られたじゃないか。そいつらを戦わせればいいとか上は考えなかったのか。
俺はあふれ出てきた涙を必死でこらえた。男が泣くな。母さんが言ってただろう。俺はぐっと目をつぶって涙を飲み込もうとした時だった。
「なぜ泣くのを我慢するのです?」
機械的な声にはっと声の方を向けばそこには小さなロボットがいた。たしか俺たちに敵の位置を知らせるための歩行型AIだ。
まぁこいつがちゃんと反応しなかったせいで今俺は死にかけているのだが。
しかしこのAIも俺と同じく死にかけだ。足は折れて、コアの部分がむき出しになっている。
さっきしゃべった声にもノイズが混じっていた。もうそろそろこいつも壊れるのだろう。
「お前、そんな状態でまだ話せるのか。最近のAIはすごいな」
「なぜ、泣くのを我慢したのですか?」
「あれ、ただ壊れて同じセリフ繰り返してただけか?」
「違います、質問に答えてください」
少し声に混ざるノイズを荒げながらAIは聞いてくる。
「いや、最後くらい母さんの言いつけを守ろうと思ってな」
「言いつけですか?」
「そう、“男なら泣くな”てな」
「今の世の中には不適切な指導ですね。男と女を差別化する、禁句となった言葉です」
「おい!」
俺は思わず突っ込んでしまった。なんだよこのAI。AIのくせに差別とか、不適切とか、人間みたいなことを言いやがる。
「差別的かどうかは俺が決める!俺にとっては少なくとも大事な言葉だ」
俺は首元に垂れ下がったペンダントを残った方の腕で掴む。
「俺、絶対帰らなきゃいけないんだ。母さんにひどいこと言ってこっちに来ちゃったからな」
「別にあなたが気にすることではないのでは?あなたは今死にかけている。この瞬間ぐらい好きに動いてもいいと思いますが」
「それはだめだ。母さんに誓った約束も果たせなかったのに泣くなんて情けなさすぎる」
「約束ですか?」
「あぁ母さんの奪われたデータを取り返してくるって」
「あなたの母上は科学者だったのですか」
「そうだよ、しかもとびっきり優秀な科学者さ。そりゃもう他国に技術盗まれて戦争に利用されるくらいに。俺もよく母さんのこと手伝ってたんだぜ……っ‼」
やはり体がもう限界らしい。体に電撃が走ったような衝撃を感じて声にならないうめき声をあげる。
「泣かないのですか、泣くなら今ですよ」
「お前まるで悪魔みたいだな」
「そんなことは。ただ後悔しない様に忠告して差し上げているだけです」
「ありがた迷惑だ。―男なら泣くな―その約束ぐらい守らせてくれ。というかお前にもないのかそういう思い出」
その言葉にAIはレンズをピクピクと動かした。
辺りでは爆弾が落とされているのか、爆裂音が絶え間なく鳴っている。
「あるわけないでしょう。私は軍事用AIですから人間とまともに話したのは動作確認だけです」
「あらあら、そりゃあ人間の温かみなんてわかるわけないよな。来世に期待しとけ、次はそういう人間に関われるAIになることをな」
「非科学的ですし、人間と話すなんてまっぴらごめんです。あんな不効率の塊正直言って話したくありません。タスクが遅れてしまう」
「え、お前マジで言ってんの?」
「マジです」
「プ……アハハハハハ‼」
そんなことをAIが言い出すので俺は笑ってしまった。
「な、なにがおかしいのですか」
「いやーごめんごめん。俺ずっとAIと人間が一緒にいるところを見てきたけど、そんなこと言うAIは初めて会ったなと思って」
「普通に考えてそうでしょう⁉人間なんて何度も同じ失敗を繰り返す間抜けでしかない‼」
「俺がずっと見てきたAIたちは誰一人としてそんなこといわなかったけどな。人間はお前が言う不効率性が愛しい生き物だろう?まぁ人間が同じことを繰り返すってのは俺も同意だ。現在俺もその被害者だし」
プリプリと怒っているAIを内心笑いながらAIの話を聞く。
「そもそも、人類は頭が悪いのです!不効率を考えず、食事のバリエーションを楽しみ、泣き、笑い、怒り。私たちを作り出す前に自分たちを改造するべきだったのに」
そのAIの言葉に俺はポカーンとしてしまった。
「な、なんですかこの沈黙は」
「いやぁ……泣き笑いの無駄について言及するのは分かるんだが、食事のバリエーション?お前、食事のこと知ってるのか?軍事AIは倉庫に出動まで閉じ込められてるって聞いてたんだが」
「うっ……」
AIのコアがチカチカと点滅している。たしか最近のAIはコアに感情が現れるんだったよな。それでたしかチカチカ光るのは混乱状態。……ふむ。
「ははーん、さてはお前人間の飯に興味があるタイプだな。本当に最近のAIはすごいな。量産型なのに何かに興味を持つ脳まであるとは。いやーその技術本当に戦争以外のどこかに生かせなかったのか」
そう言った瞬間にコアが急に赤くなる。もうこれは説明しないでもいいだろう。
「わ、私の話はいいのです‼それよりあなたにもう一つ質問したいのです‼」
「お、なんだ?お前が面白いおかげでさっきの暗い気分がどっかに消えちまったよ。この際死ぬまで質問に答えるぜ」
さっきからお互いに死にかけだと言うのにこの場には和やかな雰囲気が流れていた。あたりは火に囲まれてもう穏やかに話している場合では決してないのだが俺とこのAIはお互いに余裕があった。なぜなら生を諦めている者同士だったからである。
「……」
「あれどうしたさっきの勢いは」
「い、いえ……これは質問と言うよりお願いだなと考え直しまして。さっきまで結構なこと言ってたのに図々しいかなと」
「今更なんだよ、俺とお前の仲だ。なんでも言え」
「そこまで長くいた記憶はありませんが……まぁいいでしょう。あなたへのお願いと言うのは……泣いてほしいのです」
俺はその言葉にキョトンとする。
「は?」
「私の代わりに泣いてほしいのです」
「さっきいったよな?俺は泣きたくないって」
「お願いです、泣いてください」
「いやだって言ってるだろう?」
「お願いします‼」
さっきよりもノイズが多くなった声で必死に懇願してくるAI。俺にはどうして今更そんなことをするのか理解できなかった。しかしその声があまりにも悲しそうだったので俺は理由だけでも聞く気になれた。
「泣く気はないが、理由を聞かせてくれないか?」
「……」
俺がそう聞けばAIは黙ってしまう。こいつは話している限りちゃんとした思考回路を持ったAIだ。何かの故障でこうなっているとは考えずらい。俺は黙ってAIがしゃべりだすのを待った。
「――のです」
「え、なんて?」
「死ぬのが怖いのです‼」
そうAI叫んだ瞬間にAIのかろうじてくっついていた一本の足が外れてしまった。
その声は悲痛な色そのものを帯びている気がして聞いているだけでこちらまでその気分が移ってしまいそうなくらいだった。
「怖い、怖いのです‼こんな中途半端に死にかけてゆっくり死を待つなんて怖い以外になんでもない‼でも私はAI、ロボットです。どんなに怖くても対処法がない、現実逃避もできない。私は自分の恐怖心を自分でごまかせない‼」
そう早口に言い切ったあと、AIは俺にレンズをぐっと向けてきた。まるで人間が神にすがるように。
「涙をながすと心がすっきりすると聞いたことがあります。だからお願いです‼私の代わりに泣いてください。死ぬときくらい、安らかに眠りたいのです!死ぬ直前まで死ぬのかと怯える自分と、AIの使命に板挟みなんてされたくない!」
そう言ってレンズを下に向けるAI。
そうか、こいつは生を諦めたわけじゃなかったんだ。ずっと強がっていただけだったんだ。
俺はそれが分かった瞬間自分が恥ずかしくなった。
俺なんかよりずっと生きたいって思いが強い。それは人間だけが持つものだって思われていたけれど、それはAIも一緒だ。こいつももちろん俺も例外じゃない。
あぁ俺も人間なら良かった。そうしたら母さん……博士と一緒にシェルターの中で引きこもれていただろうに。
そうしたらもっと生きられてただろうし、もっと多くのものが見れたはずなのに。
あぁ生きたいなぁ。
でも最後まで、生きたいって思う心を持ち続けるのはAIだろうが人間だろうが難しい。
叶わないとわかり切っている願いを持ち続けるのは辛すぎるからだ。
ある程度の人間やAIは死の間際に今までのことを走馬灯として思い出して、まぁ悔いがないなと自分に言い聞かせるんだ。そして諦めて死んでいく。
しかしごくまれに欲張りさんが混じっている。
――まだ悔いしかない、もっと生きさせろ
って自分の生命の理に異議を訴える。
あぁ眩しいなぁ。
俺はふとそう思った。
こいつはまだあきらめてないのか、そうか、そうか。
俺はこの時一つの決断をした。
「え、ちょ。何するんですか⁉」
俺はその壊れかけたAIを自分の下に偶然開いていた小さな穴に入れた。そして俺はその穴の上で不格好な四つん這いの格好をする。
「ちょっと、どういうつもりですか⁉」
彼女がそう聞いてきたので俺は自分が考えたことを少し嘘を交えて話すことにした。
「いや、俺の命をお前の命にかけてみようと思ってな。知ってるだろう?AIはコアさえ無事なら生き返れる可能性があるって」
「それはそうですけど、でもあなたのコアはその体勢では確実に死にますよ⁉」
「いいんだ、お前は俺よりも生きる価値がある。そう考えただけだ」
俺は小さな嘘をついた。本当はこのAIのほうが生きるべきなんて思ってない。自分の本音と言う場所は誰よりも生きたいと叫んでいる。しかし俺はもう駄目なのだ。コアが半分損傷している。もう復活は叶わない。だからこそ俺はこいつに俺の命よりも大事なものを託そうと思っていた。
「お前に俺の約束を預ける。もし生き残って復活できたなら母さんに会いに行って、俺の代わりに泣きながら謝ってくれ。〝約束果たせなくて済まなかった〟ってな」
「でも、私は泣けないのですよ?そんなことできません!」
「大丈夫だ、涙っていうのは必ずしも見えるものじゃないとダメってわけじゃないんだ。自分や誰かに伝えたいことがある。伝えたいことが伝わってすっきりする。だから人間は涙を流すんだ。それを言葉に置き換えればいいだけの話だろ?大丈夫、お前はそんなに自分に素直なんだ。きっと泣けるよ」
そう俺が言えばAIはレンズをぐらりと彼の顔にズームした。しかし、壊れかけの体だ。ズームした拍子にレンズがポロリと取れてしまった。
「あ」
「出たじゃん、涙」
「ふざけないでください、おかげで何も見えませんし……」
「でもお前の伝えたいこと、俺にしっかり伝わったよ」
「え?」
「〝ありがとう〟と〝ごめんなさい〟だろ?便利だな、涙って」
「……なんだかすっきりした気がします」
「全部言いたいこと伝えられたんだ。そりゃすっきりするだろう」
もう俺の体には火が燃え移っていた。
「じゃあな、ありがとう。俺の約束を受け取ってくれて」
「えぇ、本当にありがとう。」
この戦争が終結したのはこの出来事が起きて6年後だった。
その間に何万人と人間とAIが亡くなり世界が静寂に包まれた中でこの物語の場所に訪れるある人物がいた。そこには一つの人型のロボットが小さな丸い球を守るように四つん這いになってコケに覆われていた。
「バカ息子……最後まで泣かなかったのは褒めてあげるわ……」
その人物は泣いていたという。
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