祈りの理由

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 けれど次の日になっても、またその次の日になってもユーザーの症状は改善しなかった。私が提案した「適度な運動」も「寝る前の入浴」も「控えた方が良い食事」も、ユーザーは全て目を通している。だけど、一向に良くなることはなかった。  私はもう一度ユーザーのデータを見返した。だけど、原因が何一つ思い浮かばなかった。私がアクセスできるのは睡眠に関するデータのみで、それ以上は何も辿る事ができない。スケジュールを覗いて不安を抱えるような予定が無いかを確認することも、メールやチャットツールを覗いて嫌なやり取りが無いかを確認することもできない。  このユーザーについて私が知っているのはユーザー名と生年月日、そして睡眠データのみ。半年以上も枕元にいるというのに、私はユーザーが今どんな顔をして眠れない夜を過ごしているのかわからない。  寝返りを繰り返す音を聞きながら、私はユーザーが毎晩呟く言葉を思い浮かべた。  ”どうか健やかでありますように”という誰にも届かない祈りの言葉。もちろん私のこの祈りも、ユーザーには何一つ届かない。決して因果関係が生まれる事のない一方通行の祈り。  もしかしたらこのユーザーも、同じ気持ちだったのかもしれない。直接的には意味がないとわかっているのに、どうにか希望を託したくて選び取った手段が「祈り」だったのではないか。  午前1時を過ぎた頃、ユーザーは再び規則的な寝息を立て始めた。私はその記録を取りながら、どうかこのまま穏やかに朝を迎えられるよう祈っていた。
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