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音楽ライブ、 それは出演者の魂のこもったビートと観客の溢れんばかりの歓声、その音と音とのコミュニケーションを繋ぐことで成り立っている。だから出演者は舞台裏で密かに心を昂らせている。「他の誰よりも観客に音の対話を楽しませてみせる、俺たちの作ったメロディー、リリック、セトリ全てを最大限使って」と。しかしそれを完全に否定するバンドが突然として現れた。
「新曲完全に覚えた?」「もちろん、後は俺の相棒で弾くだけだ」
楽屋でそのバンドが近ずいている自分たちの出番のため最終確認を行っている。
「じゃあいつもの掛け声いきますかー」慣れた動きで円を作り掛け声を放つ。
「ベース!ネーブル」「ギター八朔」「ドラム!ミネオラ」「ボーカルライム」「「「「最先端の音色を見せつける、我らfAIry tale!」」」」
そのグループの名前は「fAIry tale」ある日突然としてバンド界隈の注目の的となった今をときめく覆面バンドグループだ。他人に受ける曲がすぐに開発されていくこの界隈、誰もが人気のあるコード進行を曲に当て嵌め、且つどの曲にも似すぎないようにと試行錯誤して1曲を作っている。しかしこのバンドはそのバンドの常識を真っ向からひっくり返した。彼らのファン、アンチは口を揃えて彼らをこう評価する。
「AIがフェアリーテイルを人気にさせた」
そう、このバンドは作詞作曲編曲をAIが手がけておりメンバーはそれを覚えて演奏している。メンバーがそこまで演奏が上手くないなか、完璧な歌声としてメンバーを支えているボーカルと時に王道をゆき、時に変化球を投げるなど常に新しい曲を提供しているAIがfAIry taleをここまで人気にさせているのだ。
「fAIry taleの番って次だよな?」
「ああ、初めて生で見る…」
「それにしてもfAIry taleってこの前までなんで埋もれていたんだ…?」
「なんでもボーカルのライムが地元の売れないバンドに「新時代を作らないか」って声をかけたことで今の形になったって噂だ」
会場ではあと少しで訪れるfAIry taleのパフォーマンスを誰もが今か今かと待ちわびる。前のバンドも人気はあるのだがそれでもfAIry taleの人気に気圧されるとなるといかに彼らが人気なのかが伺える。
「ありがとうございましたー!」
今のグループが終わりようやく待ちわびたfAIry taleの順番が回ってきた。
ざわつく会場、静かな舞台裏。二つの対極に線を引くように点在しているステージについにその足が降り立った。
「うぉぉぉぉぉ」
「きたぁぁぁぁぁあ!!」
会場がまるで神が降臨したかのように沸き立つ。楽器と位置のセッティング完了、最後に一度見つめ合いライムがマイク越しにカウンターの一曲を歌い出した。
「うわぁああああああ!!!」
一切のズレがない完璧な歌声に既存のファンも新規も一気に惹かれる。最初こそバラード調のメロディがライムのソロパートで流れたが、そこからは王道を行くバンドサウンドが流れ出した。ミネオラのドラムがリズムを支え、ネーブルのベースが曲の土台をつくりあげ、ギターの八朔が軽快なサウンドを弾き鳴らす。四味一体、誰が欠けても成り立たない今をときめくバンドの姿がそこにあった。
「これがAI作詞作曲ってマジかよ…時代進歩しすぎ…笑」
「fAIry taleの最大の特徴は現代技術の限界をついたAIの正確な曲作りとそこから生まれる無限のメロディ…今日も最高としか言いようがない…」
沸き立つ観客、それに応じるように激しさを増すパフォーマンス、fAIry taleの舞台は今日の音楽ライブ最高の大成功を収めた。
───ライブ後の楽屋、一般人が入ることを許されない神聖な場所、その一室にはfAIry taleの姿もあった。
「ライブお疲れ様ー」
「「お疲れ様ー」」
そこには被り物を外し本来の顔を見せたネーブルと八朔、ミネオラの姿があった。
「いやー、今日のライブも大成功だったな」
「完璧な演奏ができてよかったよ、俺本番で覚醒するタイプだからさぁ」
「八朔も新曲の作曲お疲れ様、また次も頼むわ」
「オーケー、ミネオラも作詞頼んだよ」
「マネージャーには報酬あげたよね?いつもの人今日来れなかったから似た体型のマネージャー連れてきたけど」
二人の口から不可解な言葉が流れる。
「ネーブルはどうだった?」
問われネーブルは疲れた表情で答える。
「演奏自体は過去最高に上手くいったと思ったけど……ライムの調整がちょっとなぁ、もう少し違和感のない受け答えが出来るように調整しないとなぁ」
そういいマイクを撫でるネーブル、マイクには小さく「rAImu」と書かれていた。
「確かにAIに任せてるのは曲作りじゃなくて歌唱の方ってバレるのはちょっと痛いからな、また細かい調整頼むわ」
「それにしてもファンの皆もあんな正確で違和感ない曲がAIの手で作れるってまだ信じてるのかな笑」
「無理もないだろー、1度信じたものは中々疑い直せないって」
「とりあえずお疲れ様、次のライブも頑張ろう!」
3人の「演奏者」と1人の「ボーカルの振りをしたマネージャー」と1体の「AI」が団結する前人未到の嘘つきバンドは今日も最高のパフォーマンスを果たした。
そして彼らは次のライブでも、次の次のライブでも奏で続ける、
──正確無比のAIビートを。
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