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「失礼しました。宿泊先さえ教えて下されば、日を改めて伺います」
兵士は、それだけ言い残すと馬車を追い掛けていった。宿泊先確認の為に宿まで送ることもせず、兵士は私達の前から立ち去った。
「じゃあ、宿に向かおう。幾ら傷が治ったからって、休息は必要でしょ?」
勇者は、こちらも見ずに言った。やはり、何か思うところがあるのだろう。
「あ、そうだ。服に穴が空いたままじゃ、宿の人に不審に思われちゃうよね」
勇者は上着を脱ぎ、こちらに差し出してきた。使い古した上着ではあるが、私達が謁見をしている間に手入れがなされたのか、目立った汚れや解れはなかった。
「ほら、宿に行く前に羽織って? 部屋に入ったら脱いで良いから」
「あ、うん。分かった」
勇者の上着は、血で染まった服を隠すのに十分な大きさだった。おかげで、宿泊手続きの際に不審に思われることはなかった。
そうして宿泊手続きを終え、宿泊する部屋に向かう。節約の為にと、選べた中で一番安い二人部屋に入った。
「さて、他に誰も居ないし、負傷した部位を見せて?」
いきなり何を言うんだ勇者は。
「いや、治っているのを知ってんだろ? さっき、そう言っていたし」
「それはそれ、これはこれ」
普段、和やかなオーラを出している勇者が真顔で言った。仕方が無いので、勇者が渡してきた上着を脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。それから、服に空いた穴の辺りまで服を捲ってみせた。
「分かりにくいだろうが、塞がってはいるだろ? 大体、旅をしていれば怪我なんて珍しくもない」
そう言って服の裾から手を離した。すると、重力によって服の生地は落ち、背中を隠した。
「確かに珍しくはないけど……うん、自覚が無いみたいだから一体着替えてこようか? 背後だから自分では分かりにくいだろうけど、凄いことになっているから」
勇者の言う通りに着替える為、脱衣所へ向かった。そこで服を脱いで気付いた。アドレナリンが出ていたから痛覚が鈍っていたのか、はたまた毒からくる状態異常によるものか。分からないが、思っていた以上に服は血で染まっていた。下手したら、出血毒も矢に塗られていたのかも知れない。
勇者に、着替えるついでに体を洗うと伝え、浴室に入る。浴室には鏡が無い為に確認は出来ないが、排水溝に流れていく液体の色が、怪我の悲惨さを感じさせた。
汚れが出なくなるまで体を洗ってから綺麗な服に着替えた。それから、汚れた服を持って部屋に戻る。
「さ、怪我の酷さが分かったなら直ぐに休んで? その服は僕が洗っておくから」
勇者は、ベッドを叩きながら言葉を紡いだ。その表情は柔らかいのだが、逆らったら真顔になる予感がする。
「分かった。今回はお言葉に甘えるよ」
勇者に服を渡し、ベッドに横たわる。すると、思った以上に疲れていたのか、直ぐに眠気が襲ってきた。
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