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今までの化粧は、コンプレックスを隠すためのものだった。マイナスをゼロにするためのものだ。鏡を見る度に、醜い自分を目にするのが嫌でたまらなかった。
しかし今日は違う。自分らしく着飾るための化粧だ。そばかすも、シミも、シワもない。心なしか、顔の形も、理想的な卵型に近づいた気がする。
『――以上、現場からの中継でした。続いてのニュースです』
化粧を終えるのと、ニュースの話題が切り替わるのは同時だった。
『昨夜、白見浜公園近辺で、女性が刃物で切り付けられる事件が発生しました。女性は腕を切られましたが、命に別状はないとのことです。警察は傷害事件として、犯人の行方を追っています――』
「物騒ね……」
画面には公園が映っている。ジャングルジムにすべり台。公園を囲むように草花が咲いている。今の時期はシクラメンが見ごろだ。
『さて、ニュースの次はトレンドのお時間です! 今日は、カフェの冬の新作メニューをご紹介!』
話題が一気に様変わりする。
「あ、ここのお店、拓さんの好きなところ」
本日からの新商品が紹介されている。
(今日、誘ってみようかしら)
そうこうしているうちに、出発の時間になった。
蓮子はクスリを飲んだ。ベージュのコートを羽織り、家を出る。扉に挟まっていた、薄い桃色の花びらが、冬の風に舞った。
――人で賑わう駅前の中に、蓮子は想い人を見つけた。誠実さが伝わってくる、清潔感のある顔立ち。茶色のコートを着ている彼に声をかける。
「ごめんなさい。お待たせしました」
蓮子に気が付いた拓は、スマートフォンを閉じる。そして蓮子を見た。目を丸くしている。
「……何かついています?」
「いや、えっと……いつもと違うというか……綺麗になられた気がして」
蓮子は心の中でガッツポーズをした。
「そうでしょうか」
「はい……あ、蓮子さんのコート、花びらがついています」
蓮子は右腕を見た。淡い桃色の花びらがついていた。
「扉にも同じ花びらがあったんです。きっと、風に吹かれてやってきたのでしょう」
「そうですか。それでは、行きましょうか」
二人は雑踏の中に紛れた。
――帰宅した蓮子の胸中は、かつてないほどに浮かれていた。
(外見を褒められるなんて、人生で初めてだわ)
蓮子はスマートフォンを開いた。
「変身のクスリ、追加で頼んでおかなきゃ」
この薬の存在を知ることのできた自分は幸運だ。
「この薬があれば、拓さんと……」
純白のドレスに身を纏う自分を想像して、蓮子はしばらく小躍りしていた。
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