変身のクスリ

7/10
前へ
/10ページ
次へ
 ——半日の仕事を終えた蓮子は、公園のベンチに座っていた。シクラメンが冬の風に揺れている。 (拓さんは今頃、お仕事を頑張っているのね)  蓮子が空想していると、サッカーボールが転がってきた。正面を見ると、男の子が手を振っている。  蓮子は立ち上がり、ボールを投げ返した。男の子の手前で着地したボールは、男の子の方へ、ころころと転がっていく。 「ありがとうございます!」  男の子の声に、蓮子はにこりと笑った。外見が綺麗になってから、心に余裕が生まれた。子供にも寛容になった。 (私もいつか、自分の子と公園で遊ぶのかしら)  そうして蓮子は、拓との未来を描くことに(ふけ)る。  蓮子がハッと立ち上がった時、空は茜色だった。 (座ったまま寝ちゃったかしら……!)  慌ててスマートフォンを見る。約束の十分前だ。全力で走って間に合うかどうか、怪しい時間だ。 「急がなくちゃ」  何やら周囲が騒がしい。しかし今は、己の心の焦燥の方が大きかった。  ——蓮子が駅に着いたのは、約束の時間を五分過ぎてからだった。  拓は駅前の木の下で待っていた。スマートフォンを見る瞳は真剣だ。 「ごめんなさい。お待たせして」  蓮子が声をかけると、拓はこちらを見た。  蓮子は身震いした。着ていたと思ったコートがない。公園に置いてきてしまったのか? 先ほどまでは全力で走っていたため、寒さを感じなかった。  拓は(いぶか)しげな表情を向けてくる。このような時期にコートも羽織っていなければ当然だろう。 「コート、公園に置いてきてしまったみたいで」 「……そうですか」  拓が手を伸ばしてきた。蓮子の胸がドクンと跳ねる。  拓の手は蓮子の肩へ向かった。そこには薄桃色の花びらがのっていた。  拓はそれを鞄にしまう。 「蓮子さん。やっぱり今日は、()しませんか」 「どうして」 「コート、取りに行かないといけないでしょう。僕も用事ができたので」 「……分かりました」  背中に手を回した蓮子は、その手をぎゅっと握った。  本当は引き留めたい。せっかく会ったのに、何もせずに解散だなんて、あんまりだ。  しかし、面倒な女と思われたくない。こうして綺麗なったのに、醜い自分が受けた仕打ちと、同じことはされたくない……
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加