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——半日の仕事を終えた蓮子は、公園のベンチに座っていた。シクラメンが冬の風に揺れている。
(拓さんは今頃、お仕事を頑張っているのね)
蓮子が空想していると、サッカーボールが転がってきた。正面を見ると、男の子が手を振っている。
蓮子は立ち上がり、ボールを投げ返した。男の子の手前で着地したボールは、男の子の方へ、ころころと転がっていく。
「ありがとうございます!」
男の子の声に、蓮子はにこりと笑った。外見が綺麗になってから、心に余裕が生まれた。子供にも寛容になった。
(私もいつか、自分の子と公園で遊ぶのかしら)
そうして蓮子は、拓との未来を描くことに耽る。
蓮子がハッと立ち上がった時、空は茜色だった。
(座ったまま寝ちゃったかしら……!)
慌ててスマートフォンを見る。約束の十分前だ。全力で走って間に合うかどうか、怪しい時間だ。
「急がなくちゃ」
何やら周囲が騒がしい。しかし今は、己の心の焦燥の方が大きかった。
——蓮子が駅に着いたのは、約束の時間を五分過ぎてからだった。
拓は駅前の木の下で待っていた。スマートフォンを見る瞳は真剣だ。
「ごめんなさい。お待たせして」
蓮子が声をかけると、拓はこちらを見た。
蓮子は身震いした。着ていたと思ったコートがない。公園に置いてきてしまったのか? 先ほどまでは全力で走っていたため、寒さを感じなかった。
拓は訝しげな表情を向けてくる。このような時期にコートも羽織っていなければ当然だろう。
「コート、公園に置いてきてしまったみたいで」
「……そうですか」
拓が手を伸ばしてきた。蓮子の胸がドクンと跳ねる。
拓の手は蓮子の肩へ向かった。そこには薄桃色の花びらがのっていた。
拓はそれを鞄にしまう。
「蓮子さん。やっぱり今日は、止しませんか」
「どうして」
「コート、取りに行かないといけないでしょう。僕も用事ができたので」
「……分かりました」
背中に手を回した蓮子は、その手をぎゅっと握った。
本当は引き留めたい。せっかく会ったのに、何もせずに解散だなんて、あんまりだ。
しかし、面倒な女と思われたくない。こうして綺麗なったのに、醜い自分が受けた仕打ちと、同じことはされたくない……
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