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変身のクスリ
「変身のクスリ?」
亀尾蓮子は、スマートフォンを見て首を傾げた。
時計は出勤五分前を指している。十二月には珍しい快晴である。この地域の十二月は、真冬の雪に備えを始める頃なのである。
蓮子は前髪を黒いヘアピンでとめている。後ろ髪はひとつに縛っている。その髪の色は真っ黒である。化粧は薄い。地味である自覚はあるが、食品を扱うスーパーマーケットでの仕事故、派手な格好は禁止なのである。
「このクスリを飲むだけで、見た目のコンプレックスが治ってしまいます」
無駄に明るい色を散りばめた広告には、何人もの美しい女性が笑っている。彼女達は煌びやかで、幸せそうで、自分とは大違いだ。
蓮子は頬に手を触れる。このそばかすのせいで、小さい頃は酷い目に遭った。汚いとか病気だとか言われたものだ。
(クスリを飲むだけで綺麗になれるなら、どれほど良かったかしら)
時計が出発時刻を示した。蓮子はスマートフォンを鞄にしまい、アパートを出た。
――事務所のパソコンで発注をしていると、パートの女性が隣に座ってきた。
「亀尾チーフは、そろそろ結婚しないんですか? あと少しで三十路でしょ?」
蓮子は心の中で溜息をついた。どうしてパートのおばさんという生き物は、こうもズケズケと人の心を抉るのだ。
蓮子は作った苦笑いで答える。
「どうですかねー」
「女は結婚して、子ども産むのが幸せなんだから。仕事もいいけど、そろっと身を固めた方がいいわよー。三十路の女なんて、誰も拾ってくれないから」
蓮子はエンターキーを叩いた。その音は無意識に大きくなった。
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