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「驚きました。世間を賑わせるあのAmatoがこんな小さな工場で開発されていたなんて」
ガレージを進みながら、楢崎蕾花は書店の本棚のように立ち並ぶマシンを見回す。年の頃は三十代半ば、ピンで前髪を留めたこざっぱりしたショートヘアーで薄手のジャケットを着込んでいる。一歩先を行く整備士の篠宮晴人は、恥ずかしそうに白衣の裾を払った。
「元は車が趣味だった父のガレージで、退職を機に田舎に戻ったので、改装したんです」
「なるほど。それでAmatoの開発者というのは……」
「あちらです」
晴人が示した先、演算の経過が映し出されたディスプレイの前には歯科医院にあるようなリクライニングチェアがあった。そこで棺に納められた人間のように、胸の前で手を組んだ白い人形が横になっていた。
「アンドロイドなんですか?」
「はい。Amatoは完全自律型AI、開発も自分で行っているんです。私がするのは体のメンテナンスなど、自力では出来ない部分のサポートです」
晴人はアンドロイドの耳元に口を寄せ、静かに呼びかける。
「お客さんだよ。起きて」
ディスプレイの入力が止まり、アンドロイドが目を開けた。アンドロイドは蕾花も街中で見たことはあるが、通常はウィッグをかぶって服をまとい、肌も人間と同じ色をしている。マネキン人形のような初期状態は初めてだった。アンドロイドはリクライニングを起こし、蕾花へ体を向ける。深淵のような黒い瞳に見つめられ、蕾花は思わず目をそらした。
「この方は楢崎蕾花さん。そうだな……接客モードはAで」
胸元で命令受信を示す緑色のランプが灯った瞬間、アンドロイドに表情が生まれる。椅子から立ち上がり、笑みを浮かべ、高級ホテルのコンシェルジュのような無駄のない動きで一礼した。
「初めまして、楢崎様。搭載プログラムAmato、型式7285-776578のアンドロイドです。以後お見知りおきを」
自然な抑揚と唇の動きで紡がれる言葉は本物の人間のそれと遜色ない。蕾花は驚き、晴人を見た。
「これってもしかして、AI恋人のモデルですか?」
「さすがAI専門のWebライターというだけあってお詳しい。プログラムは弊社で改造しているのですが、モデルはLove.lab社の物を使っています。誰かの恋人になりきることを可能とするこのモデルが、Amatoの学習には必要不可欠なのです」
AI恋人とは文字通り、アンドロイドを恋人として提供するサービスのことだ。本物の人間さながらの肌の質感、抵抗感を生まない自然な表情や仕草が徹底的に研究され、生み出された特別なモデルを使用している。肌と瞳はイカの皮膚の構造をしており自在に色を変えられ、顔のパーツもミリ単位での調整が可能。声も一万パターンから選ぶことが出来、二つとして同じカスタマイズにはならない。モデル業界など商業利用もされているが、恋人としての利用が一般的だ。
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