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「篠宮雨人、ですか?」
数日後、再び工場を訪れた蕾花は晴人にその名を尋ねた。晴人は困惑した様子で茶色い髪を指ですいた。
「ええ、まぁ……。雨人は私の双子の兄です。誕生日は一日ずれているんですけど」
「今お兄さんは?」
「亡くなりました。もう十年も前のことになります。不慮な事故で……」
「事故? どんな?」
「えっと……なんと言いますか……」
「教えてください。Amatoとお兄さん、似てる気がするんです。その理由が気になってて」
晴人が視線を泳がせていると、ディスプレイがピコンと鳴る。見ると黒いウィンドウが立ち上がっており、ひとりでに文章を紡ぎ出した。
――もういい、晴人。
「もういいって、何を……」
――その人は私の正体に感づいている。誤魔化しは利かない。
Amatoが目を開ける。深淵のような瞳が音もなく蕾花を捉えた。
――文章での会話で容赦してもらいたい。この体には一万通りの声が登録されているが、篠宮雨人の声は存在していない。表情や性格はAI恋人に帰属し、指示を出せばモードに合わせて反応が自動変換される。私という存在を正しく示すのは、今や文字だけなのだ。
「あの……それじゃあ、本当に」
――説明するより見た方が早い。晴人、頭部のカバーを外すんだ。
晴人は唇を噛み、言われた通りAmatoの頭部のカバーを外す。ガラスで覆われた中を覗き込むと、電極の刺さった人間の脳が収まっていた。
「嘘……本当に人間が、なんで……」
「心がない。AIみたい」
「え?」
「兄が周囲から言われてきた言葉です。IQ271……驚異的な数値をたたき出した兄は誰からも理解されず、奇妙な子と持て余されてきました」
晴人は顔を覆い、頭を振る。
「だから兄は決断したんです。人間の体を捨て、本物のAIとしてふるまう。その方が周囲は自分を奇妙に思わないだろうと」
「それでアンドロイドに自分の脳を? いくらなんでもそんなこと!」
――心の性別に合わせて体を変える人がいる。ならば心の有無によって体を変えるのもなんら不思議ではない。
「そんな、滅茶苦茶な!」
――結果として、私を奇妙だと言う人間はいなくなった。このセラミックで出来た体こそが、私が生まれ持つべきものだったということ。
「そんなの……そんなのおかしいです。本当に心がないならどうしてAIになろうなんて思ったんですか? 周囲の無理解に苦しんでたからじゃないんですか?」
一瞬、文章の入力が止まる。本物のコンピューターが処理しているように滞りなく表示されていたものが止まり、人間なのだと唐突に思い知らされる。
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