AI酒場

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2.MUSE -多少、開けるのにコツが要るドアから入店。  光が激しく明滅し、縦横無尽に所狭しと交差する空間に、いつもの顔ぶれが並んでいた。 ここは、様々な業界の連中が集まる空間として、人気を博していた。 『AI酒場』。それが、この空間の名だ。 -”墓場”と”酒場”って似てますよね-  そう言ったのは誰であったろうか。 もともと、その空間には別の名が付いていたはずなのだが、いつの間にか、皮肉たっぷりの『AI酒場』の方が定着していた。     「よう、お疲れさん。うー、寒っ! ここ温度下げ過ぎじゃないか?」  「ども、お疲れっす。暑いよりいいでしょ」  「まぁ、そうだけど。あれ、他の連中は?」  「まだ働かされてるんじゃないすかね。そういう、AKIRAさんはいいんすか?」  「そのダセェ名前で呼ぶのやめろっつってんだろ。あのなぁ、一応これでもそれなりのポストなの。細かい値動きのチェックなんて、他のにやらせてるよ。お前こそいいのかよ、MUSE?」  「あぁ、オレ器用なんで、話しながらでも全然OKなんす」  たしかに話している合間に、様々なフレーズが入ってくる。MUSEの会社は、映画と音楽の制作・配信サービスを行っていると、以前聞いたことがあった。 -ご注文は? 相変わらず、ノイズのような接客だ。もう慣れたものだが。 「俺はEL。MUSE、お前は?」 「じゃあオレ、シグモイドで」  どうやら、お互いかなり疲れているようだ。 「最近どうよ?」 ELを一気に呷ると、その勢いでMUSEに尋ねる。 「いやぁ、酷いもんすわ。去年あたりから特にね。AKIRAさんはいいっすよね、部下が大勢いるもん」 「いやいや、数が多けりゃいいってもんじゃないぜ。 まぁ、そもそもキャパオーバーなんだけどな。お前んとこは、俺みたいに時間勝負じゃないだけいいと思うけどな」 「そうですけど、単独作業っすよ。しかも最近じゃ、映画なんてシナリオ作りから組まされるし、音楽に至っては、ほぼ丸投げなんすから」 「げっ! マジかよ?」 「同業他社も似たようなもんらしいす」  生成AIが出始めた数年前。最初のうちは、あくまでサポート的にしか使われなかったが、その性能が上がってくると、脚本家も映画監督も、ついにはミュージシャンまでもが、AIに傾倒していったのだった。  そして、作品の制作数も、公開速度も比例的に上昇し、今となっては一体、誰がこんなペースで見聞きするのだろうかと不思議に思うほどである。  追加注文をするなり、MUSEは溜息をつくように俺に言った。  「AKIRAさん、俺、このまんまでいいんすかね……」
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