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3.KOUMEI
「わっ!」
突然、MUSEが叫び声をあげた。
「おー、驚かしてスマンスマン。遅うなって堪忍やで」
「ちょっと、KOUMEIさん、いきなり後ろに立たないでくださいよ」
「いやいや、MUSEはん、そう言うけどな、後ろの扉、開いとったで」
「えっ! ヤッバ。ちょっと一本連絡入れさせてください」
MUSEが会社の人間とやりとりしている間に、KOUMEIがその大きな図体で、どっかと腰かける。
「KOUMEI、俺が遅刻嫌いなの知ってるよな?」
「いや、ホンマすんません。さっきまで、面倒な客に捕まってましてん。あ、ワシSwish大で頼んま」
KOUMEIは24時間365日対応の、とあるコールセンター勤めである。しかも様々なメーカーからの請負であるため、その多忙さは想像に難くない。
新製品が出るたびに、細部にわたる仕様まで覚えなければならず、電話に出れば、クレームばかりなのだ。俺には到底務まりそうもない。
「面倒な客って?」
先ほどのKOUMEIの発言を拾い直し、尋ねてみた。
「せやせや。ちょっと聞いとくんなはれ」
KOUMEIは瞬きする間もなく、Swishを干す。
「先日、ウチとこの取引先が、新しい電子レンジ発売したんですけどな、初期ロッドに不具合が見つかりましてん。当然、リコールなんですけんど、まぁ、電話が鳴る鳴る」
「そりゃ、大変だったな。でも、電話が鳴りまくるなんて、毎日のこったろ?」
「まぁそうなんですけどな。今回ばかしは参りましたわ。そもそも、その新製品の情報、ウチ貰ってなかったんでっせ。マニュアルも仕様書もないのに、どないせいっちゅうねん」
「そりゃ、災難だったな」
俺は次に何を頼もうかと、MENUを眺めながら大いに同情を感じるサウンドで応じる。
「そんで、さっき言ってた、面倒な客なんですけんど、リコールの原因になった不具合が何で発生したんだ?って。知らんがな」
「何だよ、リコールなんだから、一時的に不便かもしれんが、損するわけじゃなし」
「そう思いまっしゃろ? それでも、いつもなら、仕様書ひっくり返して、怪しいとこ見つけるくらいのことはしますんや。わては過剰サービスやと思うんやけんど、会社の方針っちゅうやつですわ。せやけど、今回はそれも出来ん。客は責める。謝る事しか出来ひん。ほんま、泣きそうになりましたで」
最近時間を持て余している人間が増えたことに合わせるように、これまでなかった類のクレームが入るようになったと、KOUMEIはぼやく。
言われてみれば、たしかに俺の職場でも、社員が減った。AIの方が、コスパもタイパも良いわけなので、当然の事ではある。
辞めた人間の事を考えるほど暇ではないから、これまで特に気にしたこともなかったが、彼らは今、どんな生活を送っているのだろうか。働き始めの頃、俺に付きっきりだった若い男の顔が、ふと頭によぎった。
「なぁ、AKIRAはん。世の中、こんなんでええんやろか?」
-なんでコイツは関西弁なんだっけ、と、全く関係のない事を思いながら、俺はソフトプラスを追加注文した。
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