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山に逃げ込む作戦は、成功だった。
都心から電車で1時間もかければ、電波の届かない山にアクセスできる。圏外は最高だ。スマホがバイブ機能で振動することは有り得ない。幻聴は止まった。週に1回、5時間ほどの登山だけでも、ストレスレベルは激減した。
けれど、問題が1つある。山では、初対面の人とも「こんにちは」と挨拶を交わす習慣がある。何かあったときに備えて、お互い顔を覚えておくためだそうだ。この挨拶が、妙に緊張する。どのタイミングで声をかけるか、目を合わせるべきか、いつも迷う。特に相手の姿が見えた時からすれ違うまで、ずっとそわそわしてしまう。わざと無視する勇気もない。
仕事とコミュニケーションのストレスから逃れるために始めた登山なのに、これでは心が休まらない。おのずと、人が少ない山を選ぶようになった。雨の日は特に人が少ないと気づいた。梅雨の時期は、毎週のように登山を楽しんだ。
その雨の日の登山で、僕は運命の出会いを果たすことになる。
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