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5.
白いレインジャケットと、白の登山用ザック。
間違いない。鼓動が早まる。
一度見たら忘れがたい、人為的に削られた特徴的な山肌。
麓の鳥居をくぐってからひたすら登り続け、ようやく神社が見えた。山頂にたどり着いたかと思いきや、山頂標識が見当たらない。どうやら、神社の裏手の細道を進んだ先の展望所にあるらしい。
フェンスに囲まれたその展望所に、彼女は立っていた。
雨足が強く、体全身に降り注ぐ。レインジャケットを着ていても、体が濡れているような気がする。
立ちすくむ僕の気配に気づき、こちらを振り返る。
間違いなく彼女だ。
そのまま足早にこちらに向かってきたかと思うと、軽く頭を下げて僕の横を通り過ぎた。道幅が狭く、肩が触れそうだった。レインジャケットのフードをかぶっていたので、表情は見えない。僕に気づいたかどうか、判断できなかった。
いつもなら登頂記念に必ず撮影する、山頂標識の写真。
でも今は、どちらが大事かは明白だ。
立ち去る彼女の後を追った。
でも、追いかけてどうする?
まさか呼び止めるのか?
プランもないまま、彼女を見失いたくない一心で後を追う。
先ほどの神社の横を通り過ぎ、階段を下った先に、雨宿りできる 東屋が見えた。屋根の下で登山用ザックを降ろす彼女が見えた。
ひとまず見失うことはないと安堵し、立ち止まる。
山頂で挨拶せず通りすぎたのは、僕と話したくなかったのかもしれない。
でも、そこまで拒絶されたようには感じなかった。
小さな 東屋で男と2人、警戒されるだろうか。
いや、この雨なら雨宿りしても不自然じゃない。
今日が雨でよかった。
あたりには、僕らのほかには誰もいない。
やっぱり運命かもしれない。
肩から流れ落ちる雨で両手はびっしょり濡れ、指先から雫が滴り落ちる。
けれど、そんなことは気にならない。
意を決して、 東屋への一歩を踏み出した。
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