5.

1/1

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

5.

白いレインジャケットと、白の登山用ザック。 間違いない。鼓動が早まる。 一度見たら忘れがたい、人為的に削られた特徴的な山肌。 麓の鳥居をくぐってからひたすら登り続け、ようやく神社が見えた。山頂にたどり着いたかと思いきや、山頂標識が見当たらない。どうやら、神社の裏手の細道を進んだ先の展望所にあるらしい。 フェンスに囲まれたその展望所に、彼女は立っていた。 雨足が強く、体全身に降り注ぐ。レインジャケットを着ていても、体が濡れているような気がする。 立ちすくむ僕の気配に気づき、こちらを振り返る。 間違いなく彼女だ。 そのまま足早にこちらに向かってきたかと思うと、軽く頭を下げて僕の横を通り過ぎた。道幅が狭く、肩が触れそうだった。レインジャケットのフードをかぶっていたので、表情は見えない。僕に気づいたかどうか、判断できなかった。 いつもなら登頂記念に必ず撮影する、山頂標識の写真。 でも今は、どちらが大事かは明白だ。 立ち去る彼女の後を追った。 でも、追いかけてどうする? まさか呼び止めるのか? プランもないまま、彼女を見失いたくない一心で後を追う。 先ほどの神社の横を通り過ぎ、階段を下った先に、雨宿りできる 東屋(あずまや)が見えた。屋根の下で登山用ザックを降ろす彼女が見えた。 ひとまず見失うことはないと安堵し、立ち止まる。 山頂で挨拶せず通りすぎたのは、僕と話したくなかったのかもしれない。 でも、そこまで拒絶されたようには感じなかった。 小さな 東屋(あずまや)で男と2人、警戒されるだろうか。 いや、この雨なら雨宿りしても不自然じゃない。 今日が雨でよかった。 あたりには、僕らのほかには誰もいない。 やっぱり運命かもしれない。 肩から流れ落ちる雨で両手はびっしょり濡れ、指先から雫が滴り落ちる。 けれど、そんなことは気にならない。 意を決して、 東屋(あずまや)への一歩を踏み出した。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加