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「少し歩こうよ」という桃華の提案に夫も息子も同意した。
小学校の入学式が終わった帰り道、彼女たちは駐車場に止めている車のほうへは向かわず3人で手を繋いで歩いている。
もちろん真ん中は未来だ。
「おめでとう未来、もうお兄ちゃんになるね」
「うん!小学校楽しみだよ!」
未来は保育園を卒業し、4月から小学1年生になる。
桃華はそれを心から喜んだ。
雄二も同じだろう。
子供の成長を喜ばない親はいない。
桃華の鼻に桜の葉が落ちてきた。
両脇を桜の木が続いている幻想的な光景に、桃華は自分たちの未来を見た。
「たくさん友達ができるといいね未来」
「うん!僕いっぱい友達作るよ!」
幼さゆえの裏表のない答え、桃華はそれを羨んだ。
自分には歩めなかった道を、息子が悠々と歩いているのだから。
桃華は自分の息子にさえ嫉妬する自分の精神に呆れた。
そしてすぐに微笑む。
桃華は未来の手を握りなおし、前だけを見た。
「未来もすぐに大人になっちゃうんだろうね」
「そうだよ。未来はいい子だし賢いからね。これからも大丈夫」
「ママとパパなんの話をしてるの?」
「未来がすごいって話をしてるの」
「えへへ!」
「ねえ雄二くん」
桃華は自分の髪を触った。
その髪は短く、真っ黒に染まっている。
「この髪……もう少しこのままでいい?大切な思い出だから……許してくれる?」
桃華ははにかみながら言った。
雄二は軽く笑って言葉を返す。
「許すもなにもすごく似合ってるよ」
「もうやだ。あなた嫌い」
「酷いな」
2人は笑いあった。
この上なく純粋な笑い声だ。
「あなたは酷い人だよ。だから私は好きって言ったんだろうね」
「ん?それはどういう意味?」
「言葉通りの意味。雄二くんは残酷なんだよ?優しいけど酷いの。他人に興味がないあなたを私は好きになったんだ」
雄二は目を丸くした。
何秒か沈黙し、彼はようやく言葉を吐く。
「……えっと、それ褒めてるの?」
「褒めてはないね」
「あー……そこまで言われたことはないな」
「でも私が言った。安心して、好きだからあなたと結婚したの。私もどうしようもない女だね」
「……え?」
「雄二くん変な顔してる」
「それは変な顔もするよ。変なこと言われたんだから」
桃華は雄二の頬を軽く突いた。
彼はいまだ自分が言われたことを理解できないようである。
その滑稽な動揺を見て、桃華は笑った。
「さあ、このままどこかに行こうか」
桃華は今までの人生で孤独も喜びも貰った。
これからも彼女は愛するだろう、家族と賢人を。
偽りではない母性を手に入れた桃華に、もう怖いものはなかった。
ただ息子たちを守ればいいだけ、ほかには何もいらない。
息子の手を握り、夫の愛を受け取って桃華は歩く。
桜並木の下をゆっくりと、ただ1人の母は歩くのだ。
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