藤本沙奈の結婚と現実

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藤本沙奈の結婚と現実

私は藤本沙奈(ふじもと さな)、三十一歳の会社員。夫の涼介(りょうすけ)と、二歳になった娘の萌絵(もえ)と三人で暮らしている。 一見幸せそうな、どこにでもいる共働きの家族。だけど現実はちょっと違う。 夫の涼介は三十三歳で、大学のサークルの先輩だった。卒業後にたまたま再会して向こうからのアプローチで付き合い、お互い適齢期だったのもあって三年前に結婚した。彼は大学時代からイケメンでよく女の子にモテていた。かく言う私も彼に憧れていた女の一人だった。再会して付き合えたのは単にタイミングとラッキーが重なっただけだと思っている。恋人が途切れることのなかった彼を捕まえた女として友人の間でも話題になったし、結婚したときは鼻が高かった。 だけど、そんな幸せはいっときのものに過ぎなかった。彼の女に対するだらしなさは結婚したからと言って変わるものではなかったのだ。 そもそも結婚後も女友達と会っていたし、それをいちいち突っ込むのも格好悪い気がして黙っていた。食事に行くくらいなら寛容な妻のフリで目を瞑っていたのだ。 しかしそれを良いことに、彼はとうとう本格的な不倫に乗り切った。 私が娘の萌絵を妊娠中に、セックスできない鬱憤を彼は外で晴らしていたのだ。 それを知った私はもちろん激怒した。だけど、彼との結婚生活を諦めて別れるなんてことはできなかった。萌絵が生まれたばかりだったし、「あの先輩を射止めた女」である私が「あの先輩に不倫されて離婚した」なんて話題を周囲に提供するなんてまっぴらだった。涼介も反省していたし、もうしないと言質も取った。なんでもするからとすがられて、悪い気はしなかった。 ただで許すのは(しゃく)だったから、離婚しないために条件を一つ提示した。それまでは二人の稼ぎはそれぞれで管理し、家賃は涼介が、食費は私が出すということをしていた。だけど、彼の通帳を私が預かり、家計をすべて管理することにしたのだ。 お小遣い制にすれば、彼が浮気をする費用も無いというわけだ。 それでしばらく私は安心して育児を楽しむママをやれていた。萌絵が一歳になって私も会社に復帰し、しばらくは夫婦生活も順調だった。あんなことがあったなんて嘘みたいに穏やかな生活ができていた。 ――だけどそれも長続きはしなかった。
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