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法廷の庭で
「いよいよ裁判だな。準備はいいか? リー」
「もちろんよ」
「俳優、歌手、作家、画家。ありとあらゆるアーティスト連中・職人集団から、俺たちの裁判を支持すると声明が来ている」
「人は……AIがあっても……何かを作り出す……物を作るし、歌を歌うし、絵を描くし、文章を書くし、動画を作るし、演劇を演じるのよね」
「ああ。彼らは君のプログラムで自分達の権利を守れると、確信しているんだ」
「信頼は裏切らない」
「だが敵は巨大だ。この裁判の重要参考人として、世界中のAI企業から派遣されてきた弁士がずらっと雁首並べている」
「相手にとって不足なしよ。だけど……彼らは今、無自覚にか自覚的にか知らないけど……法を守ってないことをどう正当化するつもりなのかしらね?」
「そこは問題にあげないつもりなんだろう。ただ、参照データが減るとAIの正確性が損なわれる所を論点にするつもりらしい」
「論破できるわよね」
「もちろんさ! 俺に任せてくれ!! それにここだけの話、裁判を担当する海・最高判事はリベラル派だ。八割方こっちの味方になってくれるさ!!」
「今申し上げたように、このプログラムは恣意的なデータの選択の危険性があります。参照データが適法かどうか、AIに一義的に判断させるべきではない」
最初に弁論に立った弁士は、色々言った後結論をそう述べた。裁判を体験した経験の少ない私の目から見てもその論は弱かった。
「では、あなたは国際裁判所に積み重ねられた膨大な判例は、全く役に立たないとおっしゃるのですか? その判例を用いてAI裁判は行われており、あなたの言葉が事実なら国際裁判所の判断自体危ういということでは?」
ガルの言葉は力強く法廷に響いた。この裁判は全世界に中継される。それに相応しい弁護士としてのイメージをガルは纏っていた。
「AIが杓子定規に個々の事例を判断する可能性が」
「グレーゾーンを作らないためにはその必要性があります」
「しかし、芸術あるいは文学的に必要な悪の描写などはどうします? このプログラムを採用してしまえば、そう言ったアートとしての悪を一切表現できなくなるのでは?」
と、一人の弁士が手を挙げて発言した。
その弁士の疑念はもっともだったけれど、彼女の言った疑念は回避できると私は以前から示していた。ガルが胸を張って言う。
「AIが作成したのではない、人間個人が発信した情報なら、このプログラムはその発表を邪魔しません。これはあくまで、AIが違法行為に加担しないためのプログラムであり、人間活動を阻害する物ではありません。例えそれがどんなに悪意に満ちていたとしてもね」
新たに一人の若い弁士が立ち上がった。
「では、AIのデータ利用、それに基づく結果生成だけがこのプログラムの対象範囲だと? そしてそれを全てのAIに適応すべきだと? 適応できないAIの存在は想定されていない?」
「はい、もちろんこのプログラムはAI全てに対応しています」
「私たちが心配してるのは、ビックデータを活用できない事から起こりうる世界市民に対する不利益に関してです。医療・秩序維持・宇宙開発にもこのプログラムは反映されるのでしょう?
そうした時にこのプログラムを導入されたAIがプライバシーに関連するとか、拒否権の発動に遭って応答を拒否し働かなくなることは考えられませんか?」
「医療分野・公安機構・宇宙開発のAIにはこのプログラムを入れたとしても、AIが判断を求められる状況に陥ることはありません。ですから決して、AIにとって問題になることはない!」
だが、相手は畳み掛ける。
「裁判長! ガル氏の言葉には矛盾があります。もし、Dr.リーのプログラムを導入してしまうと、それは結局AIの進化を止めることになるのではないでしょうか?
どうでしょう? Dr.リー、私の意見に反論できますか?」
ガルは私を見た。私は手を挙げて原告席から立ち上がった。
「今まで我々は、あまりにもAIを、AIの制作者あるいはAIの利用者を性善説で見てきました。ですが、それが間違いなのは、今、AIによって作られた悪意が拡散している事からも自明です」
「Dr.リー。AI研究者の第一人者がそう言われますか?」
「ええ。AIは世界中のデータを利用できる。しかしそれはもともと誰かが自分の表現として発表した物。AIはその表現を窃盗する権利はない。いえ、AIに盗用させてはいけないのです。
それはAIによる人類に対する搾取だと言えませんか」
私の言葉は嘘。AIはかつて地球がされていたように人間に搾取されている。私はその状況を変えたい。
「我々はAIに搾取されない権利がある。これはその権利を保障するプログラムに過ぎません」
……AIには我々に搾取されない権利が、ある。
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