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伊織の言葉がゆっくりと、僕の中に沁みていく。
「それに、久世の力が薬ひとつに負けるわけがない」
「うん……」
ごしごしと目を擦ると伊織がぎゅっと僕を抱きしめた。泣き止もうと思っても勝手に涙が出てくる。瞼に優しいキスが降ってくる。
扉が静かに開く音がして、比企さんがリビングから出て行った。
「ねえ、志乃。やっぱり試してみようか?」
「何を?」
「変化を早める方法」
伊織が前に僕に言っていたのは、ビッチングという方法だった。
アルファが相手の胎内に何度も精を放つことで、より強いフェロモンを注ぎ、オメガへの変質を早める。
「ペースを空けず、回数を増やすのが大事なんだ。そして、なにより大切なのは心を込めること」
戸惑う内に、伊織は軽々と僕を抱き上げる。隣の寝室に連れていかれ、ベッドの上に横たえられた。
伊織から流れるフェロモンを嗅げば、たちまち体が熱くなる。
「ああ、志乃。甘い匂いがする」
伊織は僕の肌を撫で、唇から首へと舌を這わせた。鎖骨の下を強く吸い上げられて甘い痛みが走る。そう言えば伊織は最近、ここを強く吸う。他の場所には、もっと優しく触れるのに。
「んっ! 伊織……強すぎ」
「これは、あいつの上書き」
「えっ?」
「……志乃に痕をつけたから」
はっとした。そこは、薬を使われた時に先輩に強く吸われた場所だ。
「もしかして、キスマーク? 気にしてた……?」
「……」
僕は伊織の頭を胸に抱えた。
「ねえ、伊織。僕、ずっと伊織のことしか考えてなかった。先輩に触られたことなんか思い出しもしなかったんだよ」
……あんなに嫌だったのに。伊織が僕に触れたら、伊織の事だけで胸がいっぱいになる。
「いつだって伊織が、僕を変えていくんだ」
半身を起こした伊織は一瞬だけ眉を寄せる。泣きそうな顔で、貪るように僕にキスをした。僕は恥ずかしさを脱ぎ捨てて、自分だけのアルファに手を伸ばす。
自分が変化する。目に見えるところも見えないところも。
それは全て彼がくれたものだ。
この先二人でいれば、色々なことが起きるのだろう。それでも僕たちは離れることなんかできない。
伊織の精が、愛しい番の言葉が、繰り返し僕を変える。
――志乃。愛しい俺のオメガ……。
僕はきっと、誰よりも幸せなオメガになる。
― 了 ―
一・一・一・一・一・一・一・一・一・一・一
🌟お読みいただき、ありがとうございました!
伊織と志乃のその後、予想よりずっと長くなりましたが、いかがだったでしょうか。皆様の日々の応援が何よりの励みでした!
またいつか、彼らの物語を書いた時には、お付き合いいただけたら嬉しいです(о´∀`о)
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