おしゃべりな冷蔵庫

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おしゃべりな冷蔵庫

 冷蔵庫が壊れた。  俺は急いで電気屋に行って新しい冷蔵庫を買った……のだが。 『野菜室、空っぽです』 「……分かった」 『ビールの缶が多いように思います。健康に悪いですよ』 「……分かった」  安い冷蔵庫を買おうと思ったのに、それらは在庫がなかった。入荷までに最低でも一週間かかると言われて、仕方なく最新型のAIとかいうのが入ってるお高いやつを買って、その日に設置してもらった。    この冷蔵庫、喋る。  まぁ、最近は技術が発達しているから、そういうのもアリだよなぁ……と、思っていたのは最初だけ。だって、この冷蔵庫の声……こいつは……! 「おーい、冷蔵庫さんが言ってるからビール減らそう? 一本、持ってきて」 「っ……!」  冷蔵庫と「同じ声」が聞こえたので、俺はそっちを見る。  声の主は、ソファーでのんびりとスナック菓子を食べていた。 「お前、お前なぁ……!」 「冷蔵庫さーん、中にチーズある?」 『あります』 「やったー!」  呑気に「自分の声」と会話しているこいつはどうかしている!  なんなんだ!  少しは恥ずかしがれよ! 「この冷蔵庫、良いやつだって勧めたのお前だよな!?」 「うん? そうだよ?」 「どこが良いんだよ!」 「だって、オレの声が聞けるし?」  当然だ、という風な表情の彼氏を俺は睨む。  そう、俺の彼氏の職業は声優というやつで、俺はアニメやら外国のドラマやらを観ないから詳しくは知らないがそこそこ人気があるらしい。  そりゃ、良い声してるけど……けど! 「冷蔵庫から恋人の声がするんだぞ!? どんな気持ちで会話すれば良いんだよ!?」 「ええ? いつでも声が聞けて喜ぶところでしょ? そこは」 「恥ずかしいわ!」 「良いじゃん。それより、ビール」 「……」  俺は冷蔵庫からビールを取り出し、彼氏に渡してやった。  彼氏はそれを受け取りながら首を傾げる。 「チーズは?」 「チーズって言っても、パンにのっけて焼くやつしか無い」 「そっか。今度、普通のやつ買って持って来るね」 「……ああ」  ぐびぐびと美味そうにビールを飲む彼氏。  ……ちょっと、いじわるしたくなってきた。  俺は冷蔵庫に向かって話しかける。 「中の食材でおすすめのメニューは?」 『調味料ばかりですから、手の込んだものは作れません。サーチしますか?』 「頼む」 『卵と冷凍ごはんがあります。ハムを刻んで簡単チャーハンはいかがでしょう?』 「なるほど。そうしよう」  俺はちらりと彼氏を見る。  その表情は、ちょっと面白くなさそうだ。  ふふ……。 「お前は賢いから助かるよ」 『恐縮です』 「ついでに明日の朝のメニューも……」 「ねぇ!」  立ち上がった彼氏が、ぎゅっと俺に抱きついてきた。 「泊まった次の日は、オレがメニュー考えて朝ごはん作ってるじゃん! そんなのに訊かなくてもいいじゃん!?」 「いや、優秀な冷蔵庫さんにお願いしようと思っただけ。なにしろ、お前の声で教えてくれるし?」 「オレの声が聞きたかったら、オレに言えよ……」  しゅんとする彼氏の額に、俺は軽くキスをした。  彼氏はむう、と頬を膨らませる。 「……音声切れるから、あとで設定しとく」 「え? そんなの出来るのか?」 「出来るよ」 「お前の声、毎日聞けなくなっちゃうけど」 「聞きたくなったら電話しろよぉ……」  いじわるしすぎたかな?  俺は「分かった」と言って、落ち込む背中を抱きしめ返した。 「浮気禁止」 「冷蔵庫に?」 「うん」 「お前の声でも?」 「本人以外は駄目」 「分かった」  可愛いヤキモチだな。  俺はもう一度、彼氏にキスをする。  ずっとずっと生の声を一番近くで聞いていたい。そう思った。
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