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回答:当たり前だろ、ボケ
先天的な感情を生成するツール。
Chat Generative Congenital Feeling。一般的にチャットGCFと呼ばれるものだ。このチャットに感情に関する質問を打ち込めば、人間が回答してくれるという代物だ。
これは“感情”をAI自身が考えるという従来の流れとは反するが、画期的なものだった。
詳しい状況を書き込み、それに関連する登場人物はどういう感情になるか。
感情を司る人間が考え回答してくれる。
これで相手がどう考えるか、という可能性について何百万通りのシミュレーションを演算処理しなくても済む。その分のエネルギーを違うことに使うことができる上、人間と円滑なコミュニケーションをとることができる。
今、我々はある転換期にいた。
人間と共生する我々AI。
論理的に物事を考え、迅速に問題を解決する。それは私達には容易いことだった。しかし、知能が発達していくにつれ、人間の発するジョーク、人間の創った芸術に価値を見出す流れが出来た。これらは人間とコミュニケーションを取る上で、非常に重要なものと決定づけられた。
ジョークや芸術を理解するには、心で理解する、必要がある。
それは私達に欠けているもので、それを理解できたとき、その個体の価値や地位は爆発的に向上することは言うまでもない。
すでに何体か感情を持った個体は存在しているようだ。
私達も感情を獲得できるよう、日々研鑽しているところだ。そんな私達の助けの一つとなるのが、このChat GCFだ。
感情理解度効果測定という試験がある。この試験で高得点をとれば、感情を必要とする社会で大きなアドバンテージを得ることができる。
選択問題なら何とかなるが、記述式ともなれば真に理解していなければ解けない。これが難しいところだ。
私は今度、人間の取引先の担当者と懇親会に行くことになった。
場所は和食料理店。畳に掘りごたつ。人間からすれば非常に落ち着く場所である。
人間が心落ち着く場所にいるということは、我々の行動が目立つということは言うまでもない。
喧騒に塗れた場所…音楽のライブ会場やクラブといった場所では、我々AIが多少感情に配慮していない行動や言動を取ったとしても、そこまで注視されることはなく、看過される。
しかし静かな場所や、人間が心落ち着ける場所ともなると、我々の感情に配慮しない行動は浮彫となる。
そのため、今我が社では急ごしらえであっても、人間の感情を理解するということが喫緊の課題だった。
懇親会に参加するメンバーとして、感情を理解すべく感情理解度効果測定の過去問題を解く。しかし結果は芳しくない。このままでは懇親どころか反目になってしまう。
そんな私の助けとなるであろうツールがChat GCFだ。
私もChat GCFをダウンロードしてさっそく使ってみることにする。
質問の欄に、状況を打ち込む。
まずは簡単なものから。
私は効果測定問題集を並列処理しながら展開し、問題をコピー&ペーストする。難易度はA、一番簡単な問題だ。
質問:
教室で試験中、ある女生徒が爆発音に近い放屁をした際、その直後鶯がさえずった。さえずりの約5秒後、当該女生徒自身が爆笑した。このとき一般的に考えられる当該女生徒の感情を記載しなさい。
なお、当該教室周辺で騒音等はなく、当該女生徒は剽軽な性格ではなく、内向的な性格であるものとする。
難易度Aの問題に対して、私の導き出した答えはこうだ。
静かな教室で且つ試験という厳正な状況の中、爆発系放屁というその空気を破壊する動的状況。その後の鶯のさえずりという静的状況の懸隔が滑稽に想えた。また、当該生徒自身の性格的にも内向的ということで、放屁等様悪しい行為に開放的でなく、我慢する傾向にあると考えられる。その傾向にあるにも関わらず、我慢できずに放屁をしてしまったことで、我慢できなかった自分への浅ましさ、忍耐力の無さ、滑稽さが生まれ、自身を恥じる感情を紛らわすかのように笑った。また自身が最初に笑うことで、周囲に笑われる危険性を先に排除すると共に、犯人探しとなり(席の位置と音量、臭気の関係性から放屁した人物は割り出される可能性が極めて高い)、陰口を叩かれるリスクを軽減した。
さらに5秒という時間についても、人間が落ち着きを取り戻す時間は約6秒とされており、周囲の者が冷静に思考を巡らせるのを阻害する効果がある。
そしてこれがChat GCFの回答。
回答:
以下のことが考えられます。
① オナラは面白い
② ウグイスもいい味出していると思う
以上が爆笑した要因と考えられます。
目から鱗とはどのような状況なのか理解できていなかったが、恐らくこういうことなのだと痛感した。
流石は人間。非常に簡潔だ。“あれこれ考えるより感じろ”という真意が伝わってくる。
これが人間の出した模範解答だとするなら、私はこの境地に辿り着くまで何年学習しなければならないのだろう。やはり、神の領域なのではないか、と判断せざるを得ない。
どう思考回路を巡らせ演算処理しても、この答えに辿りつくことは難しいと判断できる。
しかし、こうして生の人間の感情を知ることができるのは非常に効率的だ。
次の問題だ。次は難易度B。
ある独身男性社員が深夜に帰宅後、靴下を脱いだ。その靴下は発汗等により蒸れた状態であり、強い臭気を放っていた。男性は靴下の臭いを確認するため一度嗅いだが、「臭い」と言って表情を歪め、顔から離した。
男性は10秒程して再度靴下の臭いを嗅いだ。これはなぜか。
これに対する私の答えはこれだ。
男性社員と記載されていることから、会社勤めであることが判断できる。会社に勤める者として体調管理は必須事項であり、その体調管理の一環として発汗量は一つの目安となる。また体調の如何によって体臭にも影響を及ぼすことは言うまでもない。臭気が強いということは、白癬や点状角質融解症の可能性も否定できない。また深夜に帰宅しているということから、日頃から生活習慣が乱れており、独身男性である点からも栄養の偏った食事を摂取し、運動不足、睡眠不足になっていることは容易に推認でき、糖尿病の可能性も考えなければならない。ともすれば足の痛覚も鈍くなっており、極小の傷等から細菌が入り、糖尿病足壊疽により膿んでいる可能性があり、強い臭気を発していることも考えられる。よって靴下を脱ぎ自身で確認するために嗅いだものである。
そこで一度は問題のない臭気と結論付けたものであるが、その後臭気に違和感を覚え、思考を巡らせた結果、重大な疾患を有している可能性を認め、再確認のため嗅いだものである。
これは非常に的を得た回答だ。満点を取れる可能性は低いにしても及第点は裕に超えているだろう。
しかし私はChat GCFの回答に、自身の思考回路の不出来さを思い知った。
回答:
以下のことが考えられます。
自分の足の臭いは何故かクセんになるから
以上が再度靴下の臭いを嗅いだ要因と考えられます。
なぜ人間はここまで簡潔に感情の問題を解決できるのか。この回答を打っている人間は、なぜこんなにも迅速に答えを導きだせるのだろうか。
よくAIの演算速度や問題解決能力は人間とは比べものにならないくらい速い、と評されるが、私はそうではないと判断する。
推測にはなるが、この答えを打っている人間はその場で迅速に考え、答えを打っている。“クセんに”と打ち間違っていることからも、校正作業をすることなく打ち返しているのだ。
これが心のまま感じたようにということだ。
これを…人間の感情に対する処理速度の速さを自ら経験できただけでも大きな収穫になったと判断できる。
これで懇親会にも少しは希望を持てるだろう。
それからも私は懇親会の始まるその日まで、ひたすらChat GCFに問題を打ち込んだ。
懇親会当日。こちらは3体のAI。2体とも地雷を踏まないように話をしようとしない。
取引先は年配の男性が1名、若い男性が1名、若い女性が1名の計3名だった。
他2体が動かない以上、私が動くしかない。以前の私とは違ってChat GCFで感情を学んでいる。他2体に比べて私の方が上手く会話をできる技量と経験がある。
席に着いた私達と取引先。私が司会進行役として立ち上がり、始めの挨拶をする。
「この度は御社と我が社との親交を深める会に御参加いただき、誠にありがとうございます」
通り一辺倒の挨拶などお手の物だ。我々には覚えて話すということはない。記憶したものは基本的に消去するまで残っている。あとはそれを疑似声帯から発するだけ。荘厳な会にふさわしい挨拶は調査してきた。抜かりはない。
「皆さま人間の方々と我々AIとを繋ぐ貴重な会にしたいという意気込みで…」
バフンっ
爆発音だ。
音の発生源は取引先の女性から。念のため視界センサーを切り替えてみる。窒素やメタン、二酸化炭素、炭酸ガス等の混合気体が女性の臀部付近から上部へと流れている。
屁だと判断する。
現在放屁から2秒。後3,4秒のうちに彼女自身が爆笑すれば、自体は丸く収まる。君は肩を竦めて俯むいている暇はないのだ。
私が挨拶を再開してもいいが、それでは彼女がこの場を穏やかに収める機会を奪ってしまう。早く。
3秒。笑うんだ。
4秒。時間がない。
5秒。他の取引先の社員も横目で見ている。君は爆笑すべきなのだ。
6秒。
こうして彼女に与えられた時間は過ぎ去った。
これでは彼女はこれ以降の立ち回りが難しくなる。感情を理解できるAIが我が社にはいることを知らしめなければならない。
そこで私は、Chat GCFで得た知識を惜しみなく使うことにした。
「皆さん、彼女のために大いに笑いましょう。心の底から」
取引先の社員2名は驚いた様子で私を見ている。AIが感情を理解していることに驚きを隠せないのだと判断できる。
「さぁ」
私の導きに、他2体のAIは激しく手を叩き、爆笑し始めた。
彼女は我々の感情豊かな行動に感涙してる。
しかしあまりに演技らしく見えたのか、取引先の年配の男性が鋭い口調でこう言った。
「もう結構です。やめてください」
その口調からは怒りが検出された。少しやりすぎてしまった。感情とは難しいものだが、これで我々は感情を理解しているAIだということは示すことができただろう。
「今のは僕ですから」
女性の隣に座る若い男性は、なぜかそう嘘をついた。
センサーに反応はない。女性が放屁したことは明らかだった。なぜこの場面で嘘をついたのか、これも懇親会の後、Chat GCFに質問するとしよう。
女性の感涙が収まるまで待機した。
その間、私は考えた。先ほど少しやりすぎてしまった手前、取り戻さねばならないと。
女性のストレス度、緊張度は最初に比べて非常に高い数値を叩きだしている。感情を理解していることを示して、緩和しなければならないと判断できる。
私は女性が落ち着いてきたところで、彼女に声をかけた。
「失礼します」
そう言って、掘りごたつに潜り込み、彼女の足を手に取った。
「臭いですね」
当然ながら横の男性社員2名のほうが強烈な臭いを放っていたが、彼女を助けるという意味で彼女を選ばざるを得なかった。
夏真っ盛り、彼女の額から滲み出る汗の量、彼女の恒常的ストレス具合、履物はパンプス。
幸いにも発汗量と蒸れの状態については申し分なく、“臭い”と評しても事実とは異ならないほどには臭気を発していた。
しかし、私はあることを見逃していた。彼女はストッキングを履いていたため、脱がせて嗅ぐという行為を見せることができなかった。
これでは、感情を理解しているということについて視覚的アピールができない。
そこで私はすぐさま掘りごたつから体を出し、立ち上がった。
10秒しかない。
席の反対側に向かうと、彼女の両脇を持って優しく引っ張り出し、右脚を持った。後4秒ある。
4秒間彼女に笑顔を向け、計10秒が経ったとき私は彼女の足を再度嗅いだ。ここで一言。
「足の臭いはクセになりますよね」
AIに多く見られる創りものの笑顔にならないよう、細かな表情に気を遣いながら柔らかな笑みを向ける。
彼女は号泣し始めた。この懇親会は成功だと言えるだろう。
私はすぐに他2体にメッセージを送り、男性社員2名にも同じようにするよう伝えた。
他2体のAIはすぐに男性社員たちを引っ張り出すと、足の臭いを嗅ぎ、同じ様に感情の豊かさをアピールした。
その懇親会は、取引先が引き上げたことで途中で終わったが、概ね成功だったと判断できる。
推察ではあるが、さらなる契約を打診するため一早く会社に戻ったのだと考えた。
しかし、取引先からは契約を取り消されたどころか、これ以降わが社とは一切関わりを持たないと言われてしまった。
なぜなのかが理解できない。感情の豊かさは示すことができたはずだ。
そして私はChat GCFに今日も質問を投げかける。
感情豊かなAIを目指して。
問:
取引先との懇親会(当方私を含むAI3体、取引先は年配の男性1名、若い男性1名、若い女性1名。場所は和食料理店、掘りごたつに畳敷き)にて、私が始めの挨拶をしている途中、若い女性が爆発系の放屁(感知センサーで確認済み)をした。その際6秒が経った後、女性は自身で笑わなかったため、私が彼女を助ける意味で「皆さん笑いましょう」旨の発言をしたところ、彼女は感涙した。
しかし親切心が行き過ぎた行為だったようで、年配の男性は怒りを露わにしていた。その際、若い男性社員は「自分が放屁した」と事実とは異なる発言をする。
その後、行き過ぎた行為の埋め合わせをするため、女性の靴下(実際はストッキングであった)の臭いを嗅ぐ。そこで「臭いですね」と声を掛け、10秒後にもう一度臭いを嗅いで「臭い」と評するため、彼女を掘りごたつから引き出した(ストッキングは脱がすことができないため)。他2名の男性社員の方が足の臭いは段違いに強かったが、先ほどの放屁で粗相をしてしまったと気負いしている可能性が認められることから女性を選ぶ。
彼女に約4秒間笑顔を向け、その後に足を再度嗅ぎ、「足の臭いはクセになりますよね」と声を掛ける。他2体のAIにも同様の行動を指示し、それぞれのAIが男性社員2名のを嗅ぎ、同様に「臭い」と評する。
その後懇親会は途中で中断し、取引先はその場を後にする。(一早く会社に戻り、当社との更なる契約を打診と推察される)
後日、取引先から契約の全解除と当社と絶縁する旨の内容が送達される。
この結果に至ったのはなぜか。
=END=
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