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第3話
そう、武器所持許可申請も出しっ放しだ。
そもそも太陽系では私服司法警察職員に対して通常時の銃携帯を許可していない。同僚たちが持つ武器と云えば惑星警察の官品リモータ搭載の麻痺レーザーくらいである。それすら殆ど使わないのに、シドに限ってはこんなモノをぶら下げて歩かねばならない。必要性は捜査戦術コンも全面的に認めている。
さりげなくグリップから手を離すとヴィンティス課長はあからさまにホッとした。
何だというのだ、いったい。俺がキレて上司の頭を吹き飛ばすとでも? それとも有り得ない可能性にストライク、暴発の懸念でもしているのかも知れない。
などとシドが考えていると、課長が多機能デスクをカンカンとこぶしで叩いた。
「若宮志度巡査部長。今朝のダイナ銀行に暴走コイルが突っ込んだ件だが、被害者の詳細が捜査戦術コンに届いている。その報告のみ終わらせたら帰宅して良し」
課長が部下をフルネームで呼称するのは話を終わらせる時のクセだ。これ以上食いついても無駄と知り、シドはムッとしたまま形ばかりの敬礼をすると踵を返す。
歩き出しながらリモータの外部メモリセクタをスライドし、過去二十四時間分のボイスファイルが入ったMB、いわゆるメディアブロックを引っこ抜くとプライヴェート消去もせずにヤマサキに放った。
半年前に配属されたばかりのヤマサキは、綺麗に地面の見えるデスクに五ミリばかりの極小キューブが転がっただけでビクリと身を震わせる。
そんな後輩をハリセンで更にぶん殴るという非道な所業を続けつつ、こいつをバディに指名してやろうかと思ったが考え直す。ヤマサキはだめだ、生意気にも嫁さん貰ったばかり、子供もできないうちに彼女を未亡人にする危険に晒す訳にはいかない。
話は聞いていた筈だ。ダイナ銀行の件を丸投げするだけで今日は許すことにした。
何でも使えと上司からお墨付きを貰ったのだ。あまりのヒマさにボーッと掌のシワを眺めていた後輩を使って何が悪い、そう思いながら無言で自分の椅子に掛けてあったチョコレートブラウンのジャケットを羽織った。
このジャケットも普通のジャケットではなく見た目より随分重い特注品だ。特殊な衝撃吸収ゲルが挟み込んである。これもクリティカルな日々を生き抜くための必須アイテムだった。夏は涼しく冬は暖かく旧式銃の四十五口径弾でも打撲程度で済ませるのが自慢で、私服刑事ながらシドの制服と化していた。
薄給刑事としては自慢くらいさせて欲しかったのだ。自腹を切ったその額も四十万クレジットである。それなのに誰もが『命の代償としちゃ安いな』というのが気に食わない。けれどこのお蔭で何度も命を拾っている。
逃げていた同僚たちが戻ってきて、再びカードゲームで盛り上がるのを横目にデカ部屋を出る。機捜課は一階、オートドア二枚でもうオモテだ。
そぼ降る雨に天を見上げてまた溜息をついた。だが濡れるのには慣れている。銃を扱う以上、手を塞ぎ視界も遮る傘を差すことは殆どない。
冷たい雨の中に踏み出しながら同僚たちの笑い声を思い出して考えた。刑事がヒマなのはいいことだ。けれど自分が配属されると同時に、その署では管内の事件発生率が確率論を叩き壊して指数関数的に上昇し、直属上司は胃を病み血圧の乱高下に悩むのである。
(それって俺のせいか? 違う、と思うんだが……)
非常に危なっかしい過去を生き抜いてきただけあり現実認識能力は人一倍備わっているので、やや力なく思った。何て疲れる人生なんだと文句を言いたいが、誰に言っていいのか分からない程度のリアリストである。しかし影響が波及した周囲はシドに文句を言う。理不尽だ。
そうじゃない、決して俺はトラブルメーカーじゃない。ヴィンティス課長だってそうは言わなかった、ただ『イヴェントストライカ』と言ったのだ。
道を歩けば何かにぶつかる。いつの頃からか覚えはないが、覚えがないほど昔からだ。
そして昔からあったその傾向はテラ標準歴十六歳でスキップし広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーに入校した辺りから増え始め、二年学生やったあと任官して五年。更にストライクする率は上昇しつつあるようだ。
いつでも何処でも誰もがシドに訊く。何故なんだ? と。
(知るか、俺が訊きたいぜ!)
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