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第30話
「で、これはもしかして俺が着るんだよな?」
「もしかしなくてもそうだよ、僕のは僕の部屋にあるんだから。ああ、大丈夫。ちゃんと靴も揃えてあるから心配しなくていいからね」
「何がなんだか分かりもしねぇのに、どうして心配しなきゃならねぇんだよ」
「前から計画してたんだよね、二人でばっちりキメてデート」
本気らしいハイファの科白にシドは思わず仰け反った。
「デートだあ? 何、とち狂ってんだお前? 行くわきゃねぇだろ」
「あ、今日はデートじゃないんだよね、残念ながら。だけどシドの正装、準備してたのがこんなに早く日の目を見るなんて思わなかったよ……ああ~っ、しっとり艶やかな黒髪に黒い目。それに黒の正装ってズルいくらい映えるよねえ」
うっとりとした目つきのハイファにシドはロウテーブルをカンカンと叩いた。
「おーい、マイワールドから還ってこーい。だから何でこんなこっ恥ずかしいモンを俺が着なくちゃならねぇんだって、さっきから訊いているんだが、もしもし?」
「親子の会話セカンドに挑んで招待状手配したんだから当然行くよね、パーティー」
「え、テメェで地雷踏んでまで、何の?」
「エヴァンズ家のチャリティーパーティーだよ。主催は星系政府議会議員オーガスタ=エヴァンズ。眠り姫、クリスティナ=エヴァンズのお父さんだね」
驚いてシドは情報軍人の顔を凝視する。
「ちょ、お前それ! お前の家は何なんだ、いったい?」
「昼間、地雷原の話の時に言わなかったっけ、ファサルートコーポレーション。最初はAD世紀の石油から始まって、メタンハイドレートやら重水素やらでのし上がったエネルギー関連会社だよ。核融合施設建設なんてものやってたかなあ。本社ビルは第二商業衛星バルナ、地上五百キロ上空にある」
「ファサルートコーポレーションって、まさかあの総合商社のFCのことかよ?」
「そう。でも名前で気付かなかった?」
「全然……じゃあお前、もしかしたら今頃はFCの社長だったってことだよな?」
頬に冷笑を浮かべてハイファは肩を竦めた。
「そうだね。もしかしたら今頃は、他星系からレアメタル輸入してたかも知れないんだよね。採掘労働者を劣悪な環境下で最低の賃金で雇ってサ」
「それが社長の椅子を蹴り飛ばした理由か?」
「違うよ。ごく個人的な確執と、僕は軍に入って銃を撃ってみたかった。それだけ」
「たかが銃で、ふえーっ! それに二百何十世ってダテじゃなかったんだなあ」
勢いソファにシドは倒れ込む。ハイファは薄笑いを浮かべたまま訊いた。
「FC社長の恋人って立場は美味しいんじゃない?」
「何が言いてぇんだ、お前?」
真顔で返したシドをハイファは三秒ほど見つめる。そしてふっと表情を緩めた。いつもの微笑みに戻るとタキシードを目で指す。
「これ、着てくれるよね?」
「んあ、仕方ねぇだろ。でもこんな古臭い形の衣装、着方なんか分からんぞ、俺」
ロウテーブル上の黒い布をつまみ上げながらシドはもう面倒臭くなっていたが、事情が事情だと知った以上、ハイファの努力を無にする発言はさすがに控えた。
「それはカマーバンド。サスペンダーでスラックスを吊ってウェストに巻くんだよ」
「ってことは、この」
と、巨大レールガンを指して、
「こいつを持ち歩けないってことか?」
「そうなるね。パーティーの招待客全員の目を惹きたいなら別だけど」
「分かった分かった。捜査の一環で俺も悪目立ちはしたくねぇ」
オイルライターを片手で弄びながらシドは溜息をついた。
「じゃあパーティー前に署に寄って小型のと替えてこなくちゃな」
「ショルダーは苦手だっけ?」
「ここんとこはずっとこれだったからな。でもこんなチャンスもねぇし我慢するさ」
「そうだよ。今回ので僕は交換条件としてファサルートコーポレーションの代表取締役専務なんてものになっちゃったんだから。その面倒に比べれば楽勝楽勝」
先程よりも驚いてシドはバディの顔を見つめた。
「え? ってお前、軍辞めるのか?」
「んな訳ないでしょ。時々リモータ経由で書類にサインするだけ、名ばかりの専務だよ。どうせ向こうもロクに商売のノウハウ持たない僕に期待なんかしてないよ今更」
「ふ……ん。ならいい」
「僕も一旦部屋に戻ってリフレッシャ浴びて着替えてくるから、シドもリフレッシャ浴びといてよね。パーティーは二十二時から。少し遅めに目立たないように入る」
了解の合図にシドは右手親指を立てた。
「先輩宣言はしたがお前にアドバンテージがあるなら素直に従うさ」
「いい子にご褒美。お腹空いてたら、そこの紙袋にサンドウィッチ入ってるからね」
「ずっと一緒に行動してて、よくも色々と工作だの買い物だのするヒマがあったな」
「昨日の夜、地階のショッピングモールでね。賞味期限ギリギリだけど冷蔵庫に入れておいたし、そもそも二日も過ぎたオニギリ食べられる人は文句言わないよね」
「言わねぇ言わねぇ。気が利くな、お前」
既に紙袋を漁り始めた想い人に微笑みながらハイファは言った。
「ねえ、シド」
「んが、む?」
「今度は僕がシドの知らないテラ本星セントラルの姿を見せてあげる番だよ」
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