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第5話
靴を脱ぎ捨てるとシドはダッシュでリビング壁面にある管理コンの枝パネルに飛びついて、警備室にアクセスしようとしたが、やはりやめた。
もう『向かいの住人の厚意』によるOS移植が済んでいるのと、言い訳のレパートリーも尽き果てているのを思い出したからだ。何を言っても信用されないのは虚しいものである。
それにしても、なるほどとシドは溜息をついた。警備員が注視していた訳だ、システムを乱すフダツキとして普段から目を付けられているにしても。
イヴェントストライカなる称号まで付けられた特異体質といい、この非常識な軍人といい、自分では何もしたことのないシドにしてみれば、大変に理不尽な扱われ方だった。
半年ほど前にはガチで通報されてしまい、職場の奴らに踏み込まれたこともあるシドだった。任官後の過去無数に関わった事件関係者の逆恨みか何かの報復でカチコミでも受けたのかと思ったと、その時のヴィンティス課長は感慨深げに、そして妙に惜しそうに呟いた。
そんなことまで思い出したシドは急激に理不尽への怒りと哀しみがモリモリ湧いてきてハイファのネクタイを引っ掴む。掴んだ上で振り回した。
「このドアホ軍人! それでも情報軍人、スパイかっ! 大容量バッテリ積んだご禁制のデバイスなんぞ使いやがって、立派な犯罪じゃねぇか!」
「だから大袈裟だって。大体、住人は四日も留守のしがない平刑事だよ。今は彼女も居ないんだしサ。それともホロで架空彼女でも設定してた? 失敗したなあ、それ確認してから強電かければ良かった。好みのリサーチができたのに残念」
まだ笑う軍人をシドは犬のようにリビングまで引きずった。
「ンなモン設定するほど飢えてもねぇしヒマでもねぇよ! それと何度も言うが、お前は男で俺の恋愛対象の範疇外だ。俺の好みの女をリサーチしたって無駄だぞ」
「リサーチは冗談。女になる気はないもん、まんまの僕でシドを堕とすんだから」
「お前も諦めねぇな。だが無駄だ、さっさとお前も女を作れ」
「そんなの仕事でお腹いっぱいだよ。女性に限らずね」
「へいへい、宇宙の平和のために汚れ仕事ご苦労さん……何だよ?」
首輪を引っ張られ顔が接近したせいか、ハイファはいやに嬉しげで笑みは零れんばかりに深くなる。シドはますます癪に障って突き放した。ついでに肩に蹴りも一発。
「褒めてる訳じゃねぇからな、この……もういい、やめだ」
わざとらしく床に倒れ、うるうると若草色の瞳で見上げる男に脱力した。
明るい金髪にシャギーを入れて長めの後ろ髪を襟足で縛ったしっぽといい、そこそこ背はあるものの華奢に見えるほど細く薄い体型といい、濃緑色の制服がまるでコスプレのようだ。シドの方がよほど鍛えた軍人らしく見えるだろう。
だが見た目に騙されてはいけない、それらしく見えたら情報軍人など務まらない。
特にこいつが籍を置くのは一般人には殆ど名称も知られていないテラ連邦軍中央情報局第二部別室だ。テラ連邦議会を裏から支え、決して社会的評価が表に出ない存在である。『巨大テラ連邦の利のために』をスローガンに、ときには非合法活動にも従事し暗躍する情報局の超法規的実働部隊、つまりスパイ工作員の所属部署だった。
そこでは汎銀河中で予測存在数がたったの五桁という稀少で貴重なサイキ持ち、いわゆる超能力者までを複数擁し、日夜諜報と謀略の情報戦を展開しては命の危険も日常茶飯事という常人とは関係のない世界の住人なのだ、こいつは。
本人はサイキ持ちではないが、見た目とバイである体を武器に活動している。
「ミテクレは利用できても、そんなアホでよくもスパイが務まるな。お前の上司、別室長か? そいつに心の底から同情するぜ」
「僕もシドんトコの青い目の課長さんには同情してるよ、少なくとも僕は予定された死体しか作らないからね。殆ど他星系任務だし」
好きこのんでそんなモノをこさえていないシドはムッとする。
「お前ハイファ、マジで喧嘩売ってんのか?」
「売ってないって。でも今更気にしてるの、学生時代から『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』なんて歌われ続けてきた人が」
「そいつを歌ったな、マックスパワーでミンチにしてやる!」
据わった目でとうとう銃を抜き出したシドにハイファは諸手を挙げた。
「わあ、やめて! この距離じゃミンチどころかケチャップになるっ!」
「なら二度と歌うな」
カクカク頷いたのち、シドの手にしたレールガンをハイファはうっとりと眺める。
「羨ましいなあ、そんな銃を世間に晒していられるなんてサ。こっちは汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定で滅多に質量弾なんて撃てないっていうのに。あの反動はいいよね、実包にしろ、このフレシェット弾にしろ」
「ああ、テメェと違ってガンヲタでもねぇ、必要に駆られて仕方なくかさばるモンを持ち歩いてるんだがな。けど気持ちいいぞ、社会規律を乱す悪徳公僕をペーストにするのは。ちと掃除が面倒だが……エレンかサユリでも呼ぶかな」
目の下にクマまでこさえた鉄壁のポーカーフェイスの棒読み口調に本気度を悟ったらしく、ハイファはジリジリと後退りながら明るい声で話題を変えた。
「そんなことよりほら、いつまでも雫垂らしてないでリフレッシャ浴びておいでよ。せっかく部屋も暖めておいたのに風邪引いちゃうよ。色んな他星に出る僕と違って免疫チップも埋めてないんだから。出たらすぐにご飯だからね」
そそくさとハイファは上着を脱ぎ、リビングと続き間のキッチンに立つ。
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