第7話

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第7話

「知らん、聞いたこともねぇよ。けどさ、ワープってキツいか? ポリアカで宙港見学と他星体験、タイタンまで往復した時も何てことなかったぞ」  土星の衛星タイタンには七ヶ所のハブ宙港があり、そのうちどれかを通過しないと太陽系内外の何処にも行けないシステムになっているのだ。  更にタイタンには巨大テラ連邦軍基地があり、そこに駐留するテラの護り女神・精鋭無比の第二艦隊と共に、テラ連邦議会のお膝元であるテラ本星の最後の砦と云える要所となっていた。 《そんなショートワープと星系間ワープは違うって。おまけに軍の艦は狭いし》 「今どきテラ連邦軍なんか現地採用が殆どだろ、惑星内駐留とかさ。それでお前みたいなアホを運んでどうすんだ?」  シドは更に声を張り上げながら久しぶりにゆっくりとした入浴タイムで丁寧に髪を洗い、その間は体に湯を浴びて温まる。これが人間らしい気分というものだろう。 《失礼だなあ、これでも一応は別室の若きホープなんだからね》 「年齢層が高いだけじゃねぇのか。若いのは後先考えない脳天気しかいねぇんだろ」 《あーたこそ喧嘩売ってるの? なあんて、でも年齢層が高いのは認めざるを得ないかも。じゃあ、ホープ訂正アイドル、職場の華ってコトで》 「男がハナ、なあ……」 《そう。お花ちゃんはね――》  そこからはハイファの『今回の任務』とやらの話を聞いた。他星系で過激派のリーダーをタラしただの、その女闘士から寝物語に話を聞いて『はいサヨウナラ』だのといったことだ。それらの情報を然るべき部署に流すまで二週間ほどだったという。  いちいち返事をしてやりながらシドは躰の泡を顔に塗りたくってヒゲを剃った。ハイファの側からはいつにも増して軽い声と共に油の爆ぜる高い音が流れてきた。 《――ってことで、先進星系を流れ歩く筋金入りの女闘士さんは結構いいセンだったよ。まあ芋づる式に十七人確保、たぶん全員もう生きちゃいないと思うけどね》 「ふうん。よくやるな、お前も」 《ううん、それほどでも》 「照れるな、褒めてねぇ。呆れてるんだ」 《そうですかー》  斬って捨ててもハイファは何ら堪えた様子もない。シドの考え方をハイファも理解していて、軽口を叩き表面上は貶してもハイファ自身を貶したのではないことをちゃんと分かっているのだ。  シドの側も極秘の筈の非合法(イリーガル)な任務を平気で語るハイファにはもう慣れていた。  誰にも吐けない秘密をシドと同じ歳で山と抱えているのだ。たまには聴いてやる。そうして本人の代わりに悪態などついたのちに、忘れてやればそれでいいと思っていた。  それらを話すときの微妙な声の変化で、ハイファが何も感じていない訳では決してないのだとシドは知っていたからだ。これが長い付き合いというヤツだろう。  それよりもこいつは最近どちらかといえば、バイからストレートに傾いているんじゃないかとシドは淡い期待を抱いた。大体、その()のあるタイプに嫌悪を抱く時代でもない。約千年前からは極めて少数だがサイキ持ちと呼ばれる超能力者まで現れたこの時代である。  約三千年前の反物質機関・反重力装置の発明とワープ航法の発見により、テラ人は寿命数百年という長命系人種を始め、様々な異星系人にも巡り合った。  汎銀河条約機構という広域宇宙の最高立法機関も設立され、個体寿命では敵わぬものの圧倒的なバイタリティで以て、テラ人は長命系人種と双璧を成している。  勿論そんなことは普通に暮らす一般人には何の関わりもない。だがこの世界、何だって有り得るということだ。テラフォーミングや星系間旅行も成している現代において、マイノリティーを含まない社会など存在しない。  この母なるテラ本星は徹底した差別排斥に心血を注いでもいて、同性間どころか異星人との結婚だって当たり前、遺伝子操作すれば子供も望める昨今だ。  その点からいえば、どうしたって違法となってしまう類の性癖以外をあげつらうのは、それこそ宜しくない趣味の持ち主と見られても仕方ない。シドも自身に関わる時しか使わず、口に出すのも時と場所をきちんと選ぶ。  それでも若宮志度はストレートの男性として性的嗜好の対象は異性である女性だ。  テラ人であまりスレンダーではなく出る処が出ているタイプが好みで更に言えば結構面食いだったりする。  そうでない人間を差別はしないが決して嗜好にゲイも、ハイファと違いバイセクシュアルも入っていないのだ。  当年とってテラ標準歴二十三歳、ここ暫く忙しすぎて彼女の一人もいないのは情けないまでのリアルだが、これまで付き合ってきたのはテラ人の女性ばかりで、手近な同性で済ませる気などさらさらない。  ――そう。一度、たった一度の間違いも、あったかどうか確かめたくなかった。  戦競で有反動旧式銃に持ち替えてなお二百発を超えた頃。大幅に予定時間をオーバーしてしまい、軍部内幹候側と惑星警察側の上層部同士で二人の決着を後日仕切り直すか相談し始めた。二人共に昼食も取らず集中し、もう屋内射場の外は暗いのだ。  そこで誰もが思っても見なかった変化が起こる。加熱して何度目かに取り換えた銃を手にした二人のうち、一方が明らかに緊張を解いたのだ。  そして集中を欠いたまま撃った。ふいに大きく外したのはハイファス=ファサルートだった。諦めたのでないことは見ていた誰もが気付いただろう。  勝手に勝負の舞台から降りられ勝ちを譲られてシドが喜ぶ訳もない。絶対にワザとだと食い下がった。それに対してハイファはにこにこ笑いながら筋肉疲労に震える手を差し出して握手を求め、十六歳にしてのたまったのだ。  『惚れたから、負け』と。  告られたシド本人は勿論、周囲も唖然とした。冗談だろうと思っているうちにそのまま衆目の中でシドはハイファに抱きつかれ、ディープキスをかまされたのだった。  隣のポリアカにまで名が知れるほど何かと派手な噂に事欠かなかったハイファと違い、当時ウブだったシドは口と頭の中を柔らかい舌で蹂躙されて思考が真っ白になった。数時間に渡る戦いの疲れすら、その数秒で蒸発したように感じた。  だが囃し立てるギャラリーの歓声に我に返り、突き飛ばすなり会心の回し蹴りでその場のケリはつけた。ハイファは笑顔のままぶっ倒れた。  しかしそれで終わりとはいかなかったのである。
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