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第8話
打ち上げで先輩たちにしこたま飲まされ正体を失くしたシドが目覚めたのは、見覚えのある寮の自分の部屋ではなかったのだ。
それもひとつベッドで一枚の毛布を分け合い隣に眠るのは明るい金髪の男。おまけに互いに一糸まとわぬ姿で――。
本気でビビった。シドは脱ぎ散らした服をかき集めると慌てて着込み、眠るハイファに一瞥もくれず逃げ出したのだった。失くした記憶はコワくて辿れなかった。
そのあと四年いれば箔と肩書きが洩れなく付いてきてエスカレーター式に幹部になれるポリアカを二年で切り上げたシドは十代にして任官した。同時にテラ連邦軍士官となったハイファも部隊に配属された。
だが職の違いにも関わらずハイファとは何故か付かず離れずで、二年前に他署から転属したのを契機にこの部屋に入居してみたら向かいにハイファがいて、これにはシドも驚いた。
これもストライクかスパイの操作かは分からない。給料から差っ引かれる家賃は思ったよりも安かったので大して構いはしなかった。
但し、これ以上ナニもなければの話だ。
友人としていい奴ではある。一緒にいてこれだけ考えずに喋れる他人も珍しい。振り回されてさえいなければ楽。幼い頃に民間交易宙艦の事故で両親と兄妹を一度に失くし、他人の中で揉まれてきたシドは確かにそう思う。
だがあの日のあの出来事が消せない以上、シドはハイファの晴れやかな笑顔を見るたびに条件反射の拒絶反応で回れ右したくなるのだ。おまけに度重なる空き巣紛いの悪戯である。これでは寝込みを襲われかねない。
それこそケツをダクトテープで防護しておかないと……などと考えかけて脱力した。幾ら何でも腕力でハイファに劣らない上、今は酔いもしないのだ。
熱い湯で泡を流し終えるとバスルーム内をドライモードにしてシドは黒髪にバサバサと温風を通した。ハイファ同様濃い方ではないがヒゲ剃り跡がスカスカする。
「ったく、軍なんてのも相変わらず税金ムダに使って不毛なことやってるな」
「シドもでしょうが、アナタも官品。この母なるテラ本星セントラルエリアであんな銃ぶっ放す人に言われたくないですよーだ」
ダイレクトに声が聞こえ、ギョッとして顔を上げるとハイファが覗いていた。
「……銃、がない」
「あったら撃つ気ですか」
「マックスパワーでスプレッド」
「冗談キツいよ。もう、そんな目で見なくてもいいじゃない。そこまで飢えてないってばさー、警戒しなくても。スープのヒータ止めてもいいかなって思っただけ」
「なら訊けよっ。見るな、あっち行け!」
「ケチ。男が減るモンじゃなし」
「減る! あのとき以来、俺の幸せ絶対量はガク減りしたぜ」
「アナタのその、サイキみたいな不幸を呼び寄せるナゾな因子と僕とは関係ないでしょうが。発症時期から見ても完全なる言いがかりだよ、失礼しちゃうなあ」
スープのオタマを持ったまま、ハイファはドアの縁に腕組みして寄り掛かる。
濃いベージュのワイシャツの袖は捲り上げ、焦げ茶色のネクタイを締めている。組んだ腕の軍用にしてもごついカスタムメイドのリモータが目立った。あらゆる機能を必要とする情報局員仕様だろう。
相対的に腕の細さと滑らかさが際立っている。
それでもしなやかに付いた筋肉は、おそらく今でも五十メートル離れた動く標的を旧式有反動ハンドガンで易々とぶち抜く筈だ。
ライフルなどの長モノではシドも敵わない。減衰しない大口径レーザーなら三キロの超長距離射程を誇るスナイパーだったのだ、別室に目を付けられスカウトされるまでは。
「不幸の因子なんてモンはともかく、それは別だと思ってる。終わった過去も、な。人間諦め肝心だからな。諦め肝心だから胃弱の上司にも我慢して貰ってる――」
などと付きまとうイヴェント群への処世訓を口にする。ハイファも神妙に頷いた。
「――ただ、そんなこととは別に問題が発生している。ひとつはお前の不法侵入。それともうひとつが、あれから付き合う女という女、全部長続きしねぇってことだ」
「それこそ七人も八人も取っ替え引っ替えしてる、シド自身の問題でしょ」
「暫くはそうかと思ってた。だがな、最近気付いたんだよ。何だか知らんがいいセンまでいくと彼女が、とある噂を耳にするんだ。だから何で他人が俺の生活をそこまで知ってるのかって疑問が……ハイファ、ちょっと待て」
咄嗟にシドは細い金のしっぽを掴む。だがワンテンポ早くハイファの髪は手からスルリと逃げた。スパイの身上で逃げ足は素早い。仕方なく薄っぺらい背に怒鳴る。
「テメェだろっ、ポリアカ時代の汚点を言いふらしてる奴は!」
《だってあの当時、周りの反響凄かったから、知ってる人がいてもおかしくないよ。たかだか七年しか経ってないんだし、僕らの期は結構残ってる人が多いんだし》
「だからって、いつ俺がお前のキスに『陶然と酔い痴れ、身を任せた』んだよ!」
最後の方は半分泣きが入っていた。
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