目覚めの悪い朝

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目覚めの悪い朝

 結局、シャオは一睡も眠ることが出来なかった。  昨日の自分の失態、やってきたルカのこと。アランのこと。  様々なことが頭の中をぐるぐると駆け巡り、目を瞑る度その光景が浮かび上がる。 気が付けば朝になっていた。  アランのために朝の食事を用意せねばと、身支度を整え重い体を引きずりながら厨房へと向かう。  いまだ晴れていない心を表に出さぬように努め、厨房に歩を進めると、芳ばしい匂いが鼻腔を刺激した。  スープの匂いだろうか。そう思った途端、睡眠不足で混濁していた頭が一気に冴え渡る。   ――まさかッ!    嫌な予感と共に厨房へと飛び込むと、そこには予想通りの人物が立っていた。  黒髪に鈍臭そうな顔の平民――、ルカだ。   「貴様ッ!!」 「あ、おはようございます」    まるで悪びれもなく挨拶をするルカに対し、シャオは憤怒の表情で問い詰める。  ルカは昨日よりも動きやすい服に着替え、キッチンを我が物顔で占拠していた。  ルカの前にはシャオが愛用している鍋があり、その中にはスープらしきものがぐつぐつと煮られている。 「何をしている!?」 「何って、食事の準備ですよ」 「なんのつもりだ!?」 「朝食を作るために決まっているじゃないですか」 「ち、朝食だと!?」    当たり前のように言うルカに、シャオは亜然とする。 ルカはそんなシャオの気持ちには一切気づかず、鍋をかき混ぜながら言った。   「ここにある食材は使ってませんよ。すべて自分で持ってきたものです。あ、塩とかは使いましたけど」 「それを言っているのでは無い!」 「じゃあ、何をそんな怒ってるんです?」    本当に分からないといった様子で首を傾げるル力を見 て、シャオは頭を抱える。  うめいた後、シャオは低い声でルカに問う。 「貴様、施錠魔法はどうした?」 「朝5時きっかりに解除されました」 「……なぜ、ここを使ってる?」 「お腹すきましたし、居候の身なので朝食位は作らね ば、と思いまして」 「…………なぜ、こんな大量に作ってる?」 「大量って、 3人で食べるなら十分な量じゃないですか」 「………………3人とは、誰だ?」 「僕とシャオ様と、アラン様です」 「ふざけるな!!!!」    とうとう我慢の限界がきたシャオは大声で叫んだ。   突然の大声にルカは驚いた表情を浮かベる。シャオの怒りの原因が全く分かっていない様子に更にシャオの怒りは増していく。   「主にお前の作ったものを食べさせるなどできるはずが ないだろう!! 毒でも入っていたらどうする!?」 「毒なんて入ってるわけないでしょう? 僕も食べるものですし」 「昨日突然やってきたお前の作る料理など信頼できるか!」 「……僕を毒殺しようとした人に言われたくないですね」 「なんだと!?」  ルカに言い返され、シャオもつい熱くなる。  再度自らの立場を分からせてやろうと拳を伸ばすが、その拳がルカに届く前に厨房中に甲高い鈴の音が厨房内に響きわたった。 「……ッ」  シャオの伸ばされた拳がピクリと止まる。  その鈴の音を初めて聞くルカの顔が怪訝なものに変わった。 「なんです? この音」 「……主が起床なされた合図だ」 「不思議な音ですね。魔法を使ってます?」  ルカの疑問に答えることはなく、シャオはルカに背を向ける。  いつもよりも早い主の起床。当たり前だがなんの準備もできていない。  急いで紅茶の準備をせねばと、空いている鍋で湯を沸かそうと冷水を鍋に入れる。   「あ、お湯ならこちらに」  そう言ってルカが指さしたのは不思議な形をした瓶だった。シャオの手より余るくらいの大きさの瓶は瓶の中にひと回り小さい瓶が入っている不思議な形をしており、二重の瓶の中には、透明な水が入っている。  その見たことの無い形の瓶にシャオは素直な疑問を抱く。 「……なんだこれは?」 「湯瓶です」 「ユビン?」 「湯を保存出来る瓶です。この二重のガラスが湯を冷め にくくする効果があるんだそうです」    こちら、差し上げますとルカは最後に付け加えた。  見たところ魔素は感じない。形状からしても武器の類でもないだろう。  恐る恐るその瓶に触れると窓よりも厚く作られたガラスの感触がした。  蓋を取り、中身を覗く。熱湯特有の熱い蒸気が覗いた瞼に当たり、見た目よりもかなりの量の湯が入っていることがわかった。 「紅茶4.5杯ぐらいの量です」 「……貴様、これをどこで買った?」 「貰い物です。 王宮でガラス職人をしている仲間が僕にくれたんです。 まだ数個作っただけで、王にも知られていない品ですよ」 「……なるほど」 「あと紅茶の茶葉ですけど、城下町で流行りの茶葉を何個か買いました。良ければ使ってください」    ルカは昨日までは何も入っていなかった棚に指を指した。  そこには数種類の紅茶の葉が入った袋と、未開封の缶が何個か置いてある。  勝手にものを入れるな、と言いかけるが、そのうち1つの缶に記されていた銘柄にシャオの目は釘付けになった。   ――これはっ! アンティグ紅茶店の厳選フレーバー!!  アンティグ紅茶店といえば、王宮御用達の超高級紅茶店。  そして、厳選フレーバーはアランのお気に入りの茶葉。  シャオもこの屋敷に来る時に大量に購入していたのだがつい最近切らしてしまい、この雪では城下町にしかない店に行きたくても行けなかったのだ。  なので他の茶葉で代用していたのだがこれを出せばアランは喜ぶだろう。  しかも、この湯瓶なるものを使えば直ぐに紅茶ができる。 「……」  背に腹はかえられない。これも主のためだと自分を納得させ、棚の紅茶缶と湯瓶を手に取る。  難しい顔をしながら準備をするシャオにルカが声をかける。    「シャオ様?」 「……私は、主の元にゆく。いいか、もうこれ以上厨房を使うなよ」 「スープはどうしますか?」 「食べさせるわけないだろう! !」    シャオはそれだけ言い、手早く紅茶の準備をしアランの部屋に向かった。
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