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「さすが……、王宮きっての天才魔法士です」
天才魔法士。王宮にいたシャオに対し呼ばれていた通り名だ。
その名の通り、シャオは魔法士として天才と呼ばれていた。現に、国内でも遠征でもシャオに勝る魔法士など現れたことは無く、シャオの魔法の才能は国内だけではなく、他国にも知れ渡っていた。
それゆえ、イース筆頭にアランでは無い誰かが自分の配下に迎えようとしたこともあったが、シャオはアランだけだ。
ルカからの賛美を気にするよりも、今の会話でわかったことがあった。
そのまま納得するような素振りでルカに聞く。
「なるほど。貴方は私に壊された結界を直しに来た、ということですか?」
「……近くの村に金の髪と瞳を持った魔法士が時折訪れる、という情報が王宮にありまして。そのタイミングでシャオ様は王宮から行方不明になりましたから」
ルカの肯定にも似た言葉にシャオは、あぁ、と呟く。
金の髪と瞳の魔法士とは、十中八九シャオのことであろう。
シャオがアランの忠臣であることは王宮でも有名な話だ。
アランが弟のイースによって屋敷に追放されたとなれば、追いかけてアランを助けだすのは当たり前のこと。
紆余曲折あってこの屋敷で暮らすことになり、そのための食料や日用品などは近くの村からシャオが調達しているのだ。
魔法士のいない村に魔法士は目立つ。
その話が王宮に知れば、シャオがアランの元に行ったこと、アランが出られないようにした結界がシャオによって壊されたことは自然と導き出されるのだ。
イースは臆病者だから、壊された結界をそのままにすることはない。シャオによって壊された結界を再度敷き直すべくこのルカをここに寄越した、ということだろう。
蓋を開けてみればなんとも単純な話である。
「その大役が貴方おひとりとは、王都も随分人手不足なんですねぇ」
皮肉混じりの言葉でもルカは表情を崩す様子はない。
むしろ、少しだけルカも含むところがあるかのようであった。
「……まあ、色々とありまして。それにシャオ様がいるのは想定済みでしたから。あまり大人数でも犠牲が増えるだけというのは分かってましたし、平民の僕が適切だったのでしょう」
「でしたらわざわざここに来るのではなく、あの時事情を話してさっさと敷き直して帰ればよろしいのに」
「……王から、アラン様の様子もついでに見てくるように、とのご命令でして」
ルカのその言葉にシャオの顔が分かりやすく歪む。
当たり前だ。アランを王都とは言えどこんな未開の辺境の地に押し込んだのは紛うことなき今の王自身。
臆病にも報復を恐れた王が身分や領土を全て没収し、この屋敷にアラン1人を置き去りにし、魔法士でなければ壊すことが出来ない結界の中に閉じ込めたのである。
シャオが才能ある魔法士だから良かったもののもしシャオが魔法士ではなくただの人間だったら、アランはまだ今頃屋敷に1人で――、いや、今ある命でさえも無かったかもしれない。
トラウマのように頭にこびり付いた光景がフラッシュバックし、シャオは苦痛の顔で首を振った。
そのシャオの様子を見たアランが口を開く。
「弟に伝えてくれ。俺は今は元気だと」
「……」
そう言われたルカの視線はアランの座る椅子の隣に置かれた杖を向いていた。
漆黒に塗られた杖は美しく、質のいい物を使っている。
だが、所々にただつくだけでは無い使い込まれた形跡が見えたのだろう。
ルカは恐る恐る、という風にアランに聞いた。
「なにか、病にかかったのですか?」
「……この屋敷にきてすぐのことだ」
ルカの問いに暗に肯定したアランの銀の瞳が少しだけ影がかかる。
ルカの瞳が同様に変わったのをアランは見逃さなかった。
「今思えば、兆候は王宮にいた時にもあったが屋敷に来て、一気に蝕まれていった。まさに死を待つのみだった」
アランの「死」という言葉にシャオの顔が苦痛に歪む。
明らかに重い雰囲気に変わったその2人の様子から、アランがそれなりに重い病にかかっていたのだとルカは察したらしい。
再度声を潜めるようにしてルカはアランに聞く。
「足は、病で?」
「病が治ったころ、足に痺れが残った。杖をつけば歩くのには困らないが、走る事は危なっかしくて出来そうにない」
「……そんな」
「主の足については私が全力で治療中です!」
ルカからアランへの尋問めいた質問に耐えきれなくなったシャオは口を挟んだ。
ルカの視線はシャオの方に向けられる。
「治療、ですか?」
「薬草やマッサージなどですよ。主の体は良くなりつつあります。薬草はこの館の近くで取れるものですから、そのまま結界を敷いて問題ありません。結界をしいてさっさとお帰りください」
「……病の薬もシャオ様が治したのですか?」
「ええ。それがなにか?」
シャオの言葉にルカは視線をアランに移した。
その主をジロジロと観察するような視線に怒りが湧くが、アランは動じてない。
やがて、ルカの視線は伏せられ数秒、三人の間に独特な間が空いた。
その姿につい先ほど追いかけっこをした姿とが似つかず、シャオはそんなルカに違和感を持った。
――なんだ、こいつは。
シャオはルカの平民らしからぬ雰囲気。
どこか浮世離れたような、今ここにいないかのようなそんな雰囲気を感じ取り、シャオの頭の中で警報音が鳴る。
「……」
静かに、シャオは指先に力を籠める。
魔素を込め、いつルカが本性を出しても対応できるようにだ。
ルカの実力は先程ので大体わかった。この近距離でもシャオに反撃されたら防ぎようがない程度の実力で、単純な力比べならばシャオが圧倒することも。
ーー早く、本性を出せ。
出した途端、シャオの魔法がルカが魔法を展開するよりも先に展開し、その細い首を討ち取って見せる。無論、アランには血の一つその美しい顔には付けさせる気もない。
早く、この茶番のような時間を終わらせたい。そう思いながら、シャオはルカの方へ視線を集中させた。
だがーー、
「お願いが、あります」
ルカはシャオとアランに頭を下げた。
いきなりのその行動にシャオもアランも思わず面食らう。
ルカはそのまま言葉をつづけた。
「僕を、春の間ここに置いていただけないでしょうか?」
ルカの言葉にシャオは固まる。
「……は?」
思ってもみなかった言葉だ。
集中が乱れ、指先の魔素が霧散する。
ルカはその勢いのまま、さらに頭を下げ続ける。
「お願いします」
「な、なにを言って――」
「この屋敷に興味を持ちました。極寒の気候は王宮にはないものですし、アラン様の病を治した薬草についても知りたいのです」
シャオの言葉を遮るようにルカは一気に言い出す。
顔を上げたルカの瞳には意志が感じられ、それが嘘では無いことを示していた。
まさかの事態に言葉が出ないシャオとは違い、アランは冷静だった。
「結界はよいのか?」
「もともと春までの期限でしたので、問題ありません」
「だが、俺らもただでここに居させるわけにはいかぬな」
「ここに来る前、村の人に聞いたことがあるんです。この地域には万病を治す薬があるとか。この辺境の地が王都と数えられているのにも、それが理由であるとのこと。その研究については先王の遠征計画の煽りで頓挫しましたが、もしこの地域の薬草を調べ上げれば……、国にとって大きな資産となります。たとえ、平民でも王宮はその存在を無視することはできないでしょう」
ルカは伏せられた目でアランの瞳をじっと見つめた。
アランはその言葉の真意を探るようにルカを見据えている。
その沈黙に耐えられなくなったのだろう、ルカは焦った様子で言葉を続けた。
「ぼ、僕ら平民はたとえ魔法士でも貴族の魔法士に成果を奪われてしまうんです。たとえこの地域の薬草を調べたとて、何も後ろ盾がなく持って帰ればその成果は他の何もしていない貴族のものになりましょう。ですが、アラン様が僕の研究成果を保証してくれれば、たとえ貴族でもその功績を奪うことは出来ないでしょう!」
再度頭を下げるルカの肩は震えていた。
アランはしばらく考え込んだ後、ニヤリと笑いだす。
その顔を見るのは久しぶりだ。策略を考えている時のアランは良い策を思い浮かぶといつもその顔をする。
「つまり、貴様の後ろ盾になれということか」
「……王族復帰も、夢ではないかと」
ルカの言葉にアランの目はさらに大きく開いた。
その銀の瞳には屋敷に来てから見せていなかった活力が見え、シャオは身が凍り付く。
急いでアランを止めなくては、とシャオは会話に割り込む。
「な、なりません! ルカさんは現王イースの手の者! 主になにかありましたら――」
「貴族と平民の格差は現王イース様に代わってからどんどんひどくなっています。前王がせっかく緩和した魔法士の平民登用はますます厳しくなり、僕らは押しつぶされてばかりです。僕らは思っています。王になるべくはアラン様だと」
「ナッーー!!」
一度ならぬ二度までも言葉を遮られ、シャオのこめかみがピキピキと血管が浮き出る。
熱のあるルカの言葉。1年もここにいるアランにとってその言葉はどんな甘美な菓子よりも甘く感じたであろう。
――コイツ!!!!!
今わかった。
ルカはアランが求める王族復帰に必要な人と物を雁首揃えて持ってやってきたのである。
そうしてアランを利用する気だ。
我慢できず、シャオは慌てて二人の間に入る。
「あ、主! 私だって――」
「シャオ」
「はい主!!」
「ルカに部屋を用意してやれ」
「……アッ」
シャオは言葉にならない叫び声をあげた後、表情を消したシャオは静かに客間から出ていく。
扉はそのままに廊下の窓を開け、猛吹雪の中に飛び込んだ。
その数秒後、館の近くに猛烈な爆発音がしたあと、シャオはまた窓から戻ってきた。
先程よりかはスッキリした顔で戻ってきたシャオは再度アランに頭を下げた。
「かしこまりました。部屋を用意します」
「こいつの世話も頼むぞ」
「かしこまりました」
貼り付けたような笑みを見せたシャオの瞳は笑っていなかった。
その瞳に対し、アランは動じずに、ルカはその瞳に映る憤怒の表情をみて少しだけ叫び声をあげた。
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