本性は野蛮

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本性は野蛮

 シャオとルカの姿は屋敷の空き部屋が並ぶ廊下にあった。  アランの祖父、つまりは先々代王の時代に作られたこの屋敷はそれなりの広さがあり、屋敷にはアランとシャオの自室とアランの執務室以外にも数多くの空き部屋が存在する。  その空き部屋の掃除もシャオが行っており、いついかなる時でも屋敷の主が使用する時に不快に思わないようこまめに掃除をしているのだ。  全てはアランのため。  決して、急に訪れた異物のためでは無い。 「明日、何時に起きればいいですか? 居候ですから家事もします。そのほかの仕事もあれば教えてください」  後ろからひたすら話す異物をシャオは無視しながら歩いた。  ぺちゃくちゃとうるさい異物だ。  いや、ルカという名前だったか。どうでもいい。シャオの覚えるべき言葉は1つ。アランのみ。それだけでいい。 「外の割にこの家、暖かいですね。元はなんのために作られたのでしょう? 暖かいけど防寒対策はなにかしているんですか? それとも、なにかまた別の魔法を?」  ――うるさい。  なぜ我が主はこんな奴を住まわせるのか。こんな奴、さっさと外に出せばいいのに。苛立ちが殺意に変わるのはすぐだった。 「……こちらです」 「ありがとうございます」  案内された部屋の扉を開ける。油断させるために予め暖炉もつけておいた。そのおかげか廊下よりも温かい部屋の温度にあてられ、ルカの顔が思わずほころんでいる。  先にルカを入れ、そのままシャオも部屋に潜り込んだ。シャオも部屋に入ったことをルカが不審がる前にシャオはルカの首筋を掴み、壁に勢いよく体を叩きつける。 「ガッ――!」  生々しい音が部屋内に響く。  そのまま、2.3発ルカの腹を殴った。 「ガッ、はっ、ァ――!」  シャオよりも頭1つ分大きいその背が気に入らない。  思いの外鍛えているその体が気に入らない。 アランに気に入られたのが気に入らない。  そのいらだちを込めてシャオはありったけの力を込めルカを殴った。  未だ何が起きたのか分かっていないルカを床に叩きつけ、最後に馬乗りになり隠し持っていたナイフをルカの目の前に突きつける。  ルカは目の前にナイフを突きつけられていることでようやく事態を飲み込めたらしい。睨みつけるようにシャオを見上げている。 「な、にを、ツッ――!」  ナイフで喚くルカの頬を傷つけ、流れた血を懐に入れていた白い紙に滲ませる。  ルカの血を吸った紙は赤い。  シャオはそれに魔素を注入し、反応があるのを待った。 「……」  その血になんの変化がないことを確かめるとシャオは持っていたナイフを未だ床に座り込むルカの目の前に向け、低い声を出す。 「よく聞け。貴様がこの部屋から出ていいのは朝5時から夜7時まで。その時間以外でたら殺す。仕事はすべてだ。私の言うことを全て行なえ。できなければ殺す。屋敷の中、私の部屋と主の部屋と主の執務室には入るな。入ったら殺す。そして、私が少しでもお前を信用できないと感じたら、お前を殺す。わかったな?」  いきなり殴られ、頬を傷つけられたルカはシャオの言葉に不満を漏らすことなく黙って頷いた。  流石は王宮所属の魔法士。平民ということもあり上の人間に対しての振る舞いはよく分かっているのだろう。  ルカは僅かに震えている声でシャオに聞く。 「……もし、任された仕事を行えない場合は?」 「私に言え。私が全て判断する」 「アラン様のご指示でも、ですか?」 「……それでも、私に言え」  悔しそうに呟いたシャオにルカは何も言うことなく頷いた。  思いのほか物分かりがよくて助かった。正直もう2,3発殴る必要があると思ったが、問題なさそうだ。  ならば、とシャオは言葉をつけ加える。 「それと、主と従属魔法を結ぶな」 「……なぜです?」 シャオの言葉にルカは怪訝そうな顔をする。 従属魔法とは、主人と従者との間に結ばれる契約魔法である。 数ある契約魔法の中でも特に強いもので、結んだものは相手の命令に逆らえなくなる。 こちらの良いように相手を使えるようにはなるが、所詮は人が作った魔法だ。欠点も多い。 だからシャオは従属魔法を信用していなかった。   「僕が誰とも従属魔法を使っていないことは証明されたはずです。血、何も変わってなかったでしょう?」 「……」  先程のルカの血を魔素に当てた行為は誰かと従属魔法を行う関係になっていないのかを確かめるものだ。  もし誰かとルカが従属魔法を使っていたならば、ルカの血は魔素に反応する。  先ほど確認した通り、ルカの血は誰とも従属関係を結んでいないのだ。 しかもルカは平民。なんの力も無くなったアランが結んだとて王宮も困りはしない。 ーーだが、どうにもきな臭い。あのイースがこうもお膳立てのように何の従属魔法をかけられていない者を差し出すか? 追放された自分の兄が王族の復帰を目論むなど誰にも分かる事だ。それの種となるものをわざわざ送り込むだろうか。  シャオの知るイースはそんな人間ではなかったはず。  言葉にできないルカへの違和感が主に従属魔法を結ばせるなと言っている。  それを素直に伝えるほどシャオは馬鹿ではない。  そう思い、シャオは背を向ける。 「話は終わりだ。いいか? 今日はもうこの部屋から出るな」 「もう一ついいですか?」 「なんだ?」  迷惑そうな顔でシャオはルカに振り向く。  ルカの顔は、見えなかった。いや、笑っているのはわかる。だが、それ以外の顔が暖炉の明かりが逆光となり、ルカの黒髪にも相まってうまく見ることが出来ない。  その見えない瞳がシャオを見つめた。 「貴方が僕に始めにだそうとしていたあのお茶、あれの余りがあるならもらいたいのですが」 「……貴様、何を考えている?」 「ただの興味ですよ。僕も魔法士の端くれなので、未知のものに興味があるだけです」 「……」  魔法士というのは、シャオ以外なにかしら研究心が強い。それは知識欲なのか好奇心なのかはわからないがとにかく何かを知りたがる。  ルカの言葉は本当かもしれない。自身が飲まされようとしたあの蒸発する紅茶に興味がわいたのだろう。  それに、どうせ捨てるものならばこいつが処分してくれた方がシャオの負担もない。 「一階の、厨房にある。ついてこい」 「ありがとうございます」    シャオはルカを連れ、部屋を出る。  全く、今日は散々な日だ。
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