閉じ込められた部屋

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閉じ込められた部屋

 ネズミは扉を開けようと、自らの研ぎ澄まされた爪で木製の扉を引っ掻いている。  しかし、扉の向こうで施錠魔法をかけられた扉は開くことはない。それでも一心不乱にこの部屋から出ようとするネズミが哀れになり、ルカは慈悲の気持ちで備え付けられた窓を開けた。  外は猛烈な吹雪が吹いている。吸い込まれそうな夜の暗がりの中、部屋に雪が入り込み、冷気がルカの体にまとわりつく。  恐怖すら感じる闇の中をネズミは身を凍らす冷気にも怯むことなく窓に向かって進んでいく。そのまま壁に爪を立て、窓枠までよじ登り、吹雪の中へ飛び込むように落ちていった。 「……ごめん」    そのネズミの自殺にも近い行動を見届けたルカは一言謝罪したあと、窓を閉め暖炉から一番離れた場所にベッドを移動させ一番薄い毛布を頭から被った。  部屋にはもう数枚の毛布がある。どれもこの極寒の地に相応しい分厚い毛布ではあるが、ルカはその毛布を被ることはしなかった。 「……」  腕を見ると、鳥肌がたっていた。おそらく先ほどの窓を開けた際にでてきたものだ。  寒くもないのに鳥肌が立つというのはなんとも不思議な感覚だろうか。  これは体が「寒い」と感じている証拠だ。むしろ、今を「暑い」と感じている自分の方に問題がある。  外は猛吹雪になっている。暖炉の火は絶やすなとあのシャオにも言われた。  普段、雪が年に数回程度しか降らない王宮に務める自分にとってこの寒さは耐えきれない程であるはずなのに、体の内から湧き出るような猛烈な暑さの中にルカはいる。 ――暑い。    本当なら暖炉の火を消し、服を脱ぎ窓をあけて冷気を体いっぱいに浴びたい。そんな強い欲求に駆られた。  だが、理性でそれを押し込め、ルカはこの内から湧き出るような暑さに耐える。 「……恐ろしいな」  ルカは呟きながら自分の体を抱き締めるようにして両腕をさすった。  水筒の水で十分薄ませたものを飲んでもこの効果。気づかずに全て飲んでいたらどうなっていたのか、とまだカップに十分残っている紅茶らしきものに目をやる。  これはシャオがルカに飲ませようとしていた紅茶だ。見た目も匂いも何の変哲もないただの紅茶ではあるが中身は恐ろしい物だ。   ――アラン様が助けてくれなかったら危なかった。    あのにこやかなシャオの笑顔の圧に負け紅茶を口にしていたら、今頃ルカは服を脱いでこの猛吹雪の中体を冷気に晒していたに違いない。  この状態でもルカはこの紅茶を数滴垂らしたほぼ水のものを飲んだのだ。  それなのに、1時間後体は猛烈な暑さを感じ始めている。  おそらくただ飲むだけなら問題はないのだろう。だが、外が凍えるほどの寒さであることがこの紅茶を毒にさせている。 ――シャオ・グランチェ。噂には聞いていたけど、本当にすごい人だ。  認識している温感を狂わす毒など聞いたことがない。その材料もこの辺りで採れるのだろうか。  ルカと同じ魔法士でありつつもとてつもない才能の片鱗を見せられ、ルカは殺されかけたと言えども素直に感心してしまう。 ――先代王派閥の人達が不審死したのもやっぱり……。  二年前、先代王が病に倒れ次の王を決めぬまま病に倒れた時、兄のアランと弟のイースの二人の間に次の王を決めるための争いが起きた。  先代王のやり方を良しとするアラン派か、それとも新たな考えを持つイース派か。  血の流れ無い、関係者同士の秘密話のような密やかな争いが変わったのは二人が争うようになってから数か月後のことだ。  何人かの貴族が不審死するようになった。  どの貴族も死に方は様々だが、どの貴族もすべて先代王に傾倒していた派閥であったことから、これが暗殺なのではという噂がまことしやかにささやかれていた。 「……」  紅茶を置くシャオの貼り付けた笑顔を思い出す。  10分ほどまで、自分を殺そうと追いかけ回していたとは思えない友好的で、人好きのする笑顔だった。  もし自分が、国の要人で次の王になるかもしれない人物の忠臣が淹れた茶を勧められたらどうするか? 答えは決まっている。毒が入っているかどうかなど考えずに飲むだろう。  今の自分がいるのはアランがルカを殺すのは惜しいと判断したことと、紅茶の中にある毒が床板の木に反応し、蒸発する性質を持っていたからに他ならない。  恐ろしい。  国内きっての魔法の天才であるシャオと、そのシャオが主と慕う唯一無二の存在であるアラン。  王宮内の2人の居場所はもう無いに等しいのに、どちらも個々の能力だけ見ればどちらもまだ恐ろしく、1人でもこの国を揺るがす強さがある。  現王が閉じ込めたのも納得だ。  そんな人間たちと春まで暮らすことになるのかと、ルカは背筋を震わせた。  それでも、やらねばならぬことがあるのだと自分に言い聞かせる。   「……大丈夫」  ルカは薄い毛布の中、疲れを取るべく目を閉じた。  脳裏に故郷の家族たちを思い浮かべた。
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