女神降臨(改稿済)

1/3
前へ
/87ページ
次へ

女神降臨(改稿済)

◆◆◆  五年前――。  珍しく雨が降った日の黄昏時。  あの日、砂漠の空に美しい七色の光を見つけたぼくは、保護者の手を引いて、早く早くと急かしながら外に連れ出した。  少しひんやりした空気と、ほのかな水の香り。  生まれて初めて見る虹に興奮しているぼくを、保護者は優しく見下ろしていた。 「ほら、ジル、あれを見て!」  艶やかな長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳。  その穏やかな眼差しが大好きだった。  長身の背に流れる、癖のない黒髪。いつも優しく頭を撫でてくれる、白く細い指先も――。  ファーミル王国の辺境、名もなき村のさらに外れに、ぼくたちの家はあった。  小さな日干し煉瓦のその家に、ぼくの大切なものは全て揃っていた。  数頭の山羊(ガーシュ)(クリノス)の世話が、幼いぼくに与えられた仕事だった。  家族3人の為の小さな畑と、その数倍の広さの薬草園。その先には、何処までも続く広大な砂漠があるだけ――そんな風景がぼくの全てであり、宝物でもあった。  本当の両親は、ぼくが生まれて間もなく死んでしまったらしいけれど、そのことで寂しさを感じたことはなかった。  保護者の一人であるジルは、口数の多い人ではなかったがいつも穏やかで優しく、この世界の何よりも美しかった。母が生きていたとしたらこんな人だったのだろうかと、ぼくは面影を重ね見ていた。  その親友で幼馴染でもあるレヴィは、少々気難しいところもあったけれど、面倒見がよく博識で、この世界のことは何でも知っているように見えた。武芸にも通じ、どんな危険からも家族を守ってくれる彼を、ぼくは心から尊敬していた。  平凡で何不自由のない日々が、いつまでも変わらずに、ずっと続いていくのだと信じていた。  野うさぎ(ラカンド)の絵を描いて遊んだり、剣や弓の稽古をつけてもらったり、本を読んだり家事を手伝ってみたりしているうちに、あっという間に一日が終わる。穏やかな夕食を囲みながら、一日の出来事をたくさん話して――それを聞いた二人が笑って、そして幸せな夢を見ながら眠る。そんな穏やかな日々が、この先も繰り返されていくのだと思っていた。    けれど――。  突如感じた異様な気配に、ぼくはハッと保護者を見上げた。  ジルの美しい顔が、緊張に青ざめている。  辿った目線の先に、全身を黒いローブで覆った十数名ほどの集団がいつの間にか立っていた。  それは、絶望の訪れだった。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加