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女神降臨(改稿済)
◆◆◆
五年前――。
珍しく雨が降った日の黄昏時。
あの日、砂漠の空に美しい七色の光を見つけたぼくは、保護者の手を引いて、早く早くと急かしながら外に連れ出した。
少しひんやりした空気と、ほのかな水の香り。
生まれて初めて見る虹に興奮しているぼくを、保護者は優しく見下ろしていた。
「ほら、ジル、あれを見て!」
艶やかな長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳。
その穏やかな眼差しが大好きだった。
長身の背に流れる、癖のない黒髪。いつも優しく頭を撫でてくれる、白く細い指先も――。
ファーミル王国の辺境、名もなき村のさらに外れに、ぼくたちの家はあった。
小さな日干し煉瓦のその家に、ぼくの大切なものは全て揃っていた。
数頭の山羊と鶏の世話が、幼いぼくに与えられた仕事だった。
家族3人の為の小さな畑と、その数倍の広さの薬草園。その先には、何処までも続く広大な砂漠があるだけ――そんな風景がぼくの全てであり、宝物でもあった。
本当の両親は、ぼくが生まれて間もなく死んでしまったらしいけれど、そのことで寂しさを感じたことはなかった。
保護者の一人であるジルは、口数の多い人ではなかったがいつも穏やかで優しく、この世界の何よりも美しかった。母が生きていたとしたらこんな人だったのだろうかと、ぼくは面影を重ね見ていた。
その親友で幼馴染でもあるレヴィは、少々気難しいところもあったけれど、面倒見がよく博識で、この世界のことは何でも知っているように見えた。武芸にも通じ、どんな危険からも家族を守ってくれる彼を、ぼくは心から尊敬していた。
平凡で何不自由のない日々が、いつまでも変わらずに、ずっと続いていくのだと信じていた。
野うさぎの絵を描いて遊んだり、剣や弓の稽古をつけてもらったり、本を読んだり家事を手伝ってみたりしているうちに、あっという間に一日が終わる。穏やかな夕食を囲みながら、一日の出来事をたくさん話して――それを聞いた二人が笑って、そして幸せな夢を見ながら眠る。そんな穏やかな日々が、この先も繰り返されていくのだと思っていた。
けれど――。
突如感じた異様な気配に、ぼくはハッと保護者を見上げた。
ジルの美しい顔が、緊張に青ざめている。
辿った目線の先に、全身を黒いローブで覆った十数名ほどの集団がいつの間にか立っていた。
それは、絶望の訪れだった。
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