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「我が女神イゼリヤよ! こんなところに隠れておいでだったとは――さあ、我らと共に神殿へ向かいましょう!」
一人の小柄な男が、大仰な身振りでそう言いながら二人に近づいてくる。
立派な身なりをしているが、蛇のような黄色い瞳も、笑っているのに下がった口角も、まるで魔物のように恐ろしい。
癖のある髪と髭の色はジルと同じ漆黒――しかし、ぼくにはそれがとても汚らわしく見えた。
「おお、おお……! なんという美しさだ……!」
興奮を隠せない様子のその男に、ジルはぼくを後ろに庇いながら「人違いだ」と低い声で答えた。
「そ、そうだっ、怪しいやつらめ! 女神だなんて、ジルはぼくのお父さんだぞ!」
「ジル、ラドゥ、逃げろ!」
そう叫びながら、家の中から長剣を手にレヴィが飛び出してきた。
ぼくたちを守るように、敵との間に立ちはだかる。
「聖王様、お下がりください」
その声を合図に、聖王と呼ばれた小柄な男の傍らにいた三人の人物が、ローブをはぎ取るように脱ぎ捨てる。
ローブと同じ黒い鎧を纏った彼らは、それぞれに武器を手にしていた。
一人は、杖を持った灰色の髪の女。
一人は、大剣を持った金髪の男。
一人は、薄茶色の髪の女剣士――。
「殺れ」
灰色の髪の女がそう声を発し、杖を振るう。
空中に現れた魔方陣から現れた影のように黒い獣の群れが、一斉にレヴィへ襲い掛かった。
狼のような姿をしたその魔物を、しかし、レヴィは怯むことなく冷静に切り倒す。
その剣技に、ぼくは思わず歓声を上げた。
ぼくにとって、彼は負けるはずのない勇者だった。
ぼくと同じ色の、緩やかな癖のある長い髪。その小さな共通点を、ぼくは嬉しく思っていた。いつか彼のように立派な大人の男になって、大切な家族を守るのだと信じていた。
しかし、不気味な魔物は次々に呼び出され、いくら倒してもキリがない。
その間隙をついて男が大剣を振り下ろす。レヴィは数度それを躱したが、しつこく襲い掛かる魔物が足に絡みつきバランスを崩した。
「レヴィ!」
ジルが、親友の愛称を叫んだ。
その声にぼくは初めて不安を覚え、長身の保護者を見上げた。
「――っ、早く逃げろと言っているだろう!」
すぐさま体制を立て直したレヴィが、そう叫びながら男に切りかかる。
実際、彼の剣技はかなり優れていたのだろう。
大剣の男が驚いたように目を見張る。
しかし、躱しきれない攻撃を薙いでいるうち、ついにダメージを蓄積したレヴィの長剣は折れてしまった。
一瞬――。
その場の全員の注意が、折れて飛ばされた切っ先に向けられたその一瞬。
しかしそれは、まるで永遠のように長く――絶望的な時間だった。
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