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流星(改稿済)
◆◆◆
「――ッ!」
「どうしたの? また怖い夢を見たのかな?」
悪夢に跳ね起きると、穏やかな低い声にそう問われ、ぼくは安堵して深く息をついた。
朽ちかけた日干し煉瓦の壁に背を預けながら焚火の番をしているジルの、炎に照らされるその美貌に思わず見惚れ、誤魔化すように目を擦る。
彼と二人でに旅に出てから、もう二年。
砂漠に点在する、崩れかけた古い遺跡で夜を迎えるのにもすっかり慣れた。
もはやそのほとんどが失われている天井からは、無数の星の瞬きが見える。
暖かな焚火の熱を感じながら、ぼくは先刻まで夢に見ていた光景を思い出して身震いした。
いや、ぼくはそれが夢ではないことを知っていた。
それは、まぎれもない記憶なのだと――。
「……レヴィはどうしてるかな?」
ここにはいないもう一人の保護者を思い、ぼくはそう口にした。
「会いたいの?」
「うん……そうだね、会いたい」
別れの日。
突然旅に出ると言い出したジルを止めようと、声を荒らげていた彼のことを思い出す。
何故危険な旅に出る必要があるのか。何故、俺を連れていかないなどというのか――。
どうしても行くならば一人で行けと言ったのは、ぼくのことを心配した、彼の優しさだったのだろう。
それらを全て振り払うようにして出てきてしまったことに、ぼくは罪悪感を覚えていた。
同じ未来を繰り返さないために仕方がなかったとしても、もう少し良い方法があったのではないかと。
「ラドゥには、夢はあるの?」
突然そう問われ、ぼくは保護者を見上げた。
ジルの言葉はいつもどこか唐突で、脈絡がないように思える。
「――夢?」
「そう、夢。将来どんな風になりたいとか、どう生きたいとか、どんな未来を作りたいとか――」
それなら決まっている。
でも、そんな話をしたところで、誰に信じてもらえるだろう。
ぼくのこの人生が二度目だなんて――。
黙っていると、ジルは話を続けた。
「私がレヴィと初めて出会ったのはちょうどあなたぐらいの歳でね。レヴィはよく自分の夢を語ってくれたけれど、その頃の私は、夢なんて聞かれてもよくわからなかった」
「――今は、あるの?」
焚火がパチリと音を立てる。
ジルはぼくを招き寄せると、組んだ足の上に座らせ後ろから髪を撫でた。
肩越しに見上げると、優しく見下ろしている漆黒の瞳と目が合う。
それが嬉しくて、ぼくはつい顔を綻ばせた。
「二つある。一つはあなたとレヴィの夢を叶えること。もう一つは、おじいちゃんになること」
「ジル……」
その言葉に、ぼくは思わず目をそらし下を向いた。
ぼくの願いは、あなたがいつまでも変わらずに……幸せでいてくれること。
そんなささやかな願いが叶わなかった一度目の人生を思い、涙がこぼれそうになる。
「どうしたの?」
「……ジルの夢は、ぼくが必ず叶えてあげる。だから、ずっとぼくの傍にいてね」
「ありがとう、私の愛しい息子」
優しく抱きしめられるぬくもりに、ぼくはこのまま時が止まってしまえばいいと思った。
ジルの胸に背を預けながら、満天の星空を見上げる。
そう言えば、流れ星が消える前に願い事を三回唱えられるとその願いは叶うなんておとぎ話を信じていたこともあったなと、ぼくは自嘲した。明日は野うさぎのローストが食べられますようにとか、鶏が毎日卵を三つ産みますようにとか、そんなくだらないことを必死に願っていたっけ――。
遠い日の思い出に浸っていると、次第に再び睡魔がやってきた。
いっそこのまま二度と目が覚めなければ、それが一番幸せなのかもしれない。
優しく髪を撫でられながらウトウトしていると、ふと視界に眩い輝きが飛び込んできた。
「ジル、あれを見て!」
ぼくがそう声を上げる前に、ジルもそれに気づいていたようだ。
夜空を横切る、赤い流星。
まるで太陽のかけらのようなその輝き――。
「ああ、ラドゥ。もしかしたら、私の夢は叶うのかもしれない」
珍しく熱を孕んだ声でジルが言う。
ただならぬ予感に、ぼくは言葉もないまま砂漠に墜ちていくその輝きを見守った。
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