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◆◆◆
華奢な身体のどこにそんな力があるのかと、ぼくはいつも不思議に思うけれど、ジルは案外力持ちだ。
意識を失ってしまった少年を遺跡の地下に運び込み、床にそっと横たえる。
ジルの背後に隠れながら、倒れた少年の顔を覗き込んで、ぼくは確信した。
やっぱり、間違いない――。
砂まみれで分かりにくいけど、緑色のターバンが巻かれた髪の色は深紅だ。
それに、陽光の祝福をたっぷり受けた濃褐色の肌……。
今は閉ざされている瞳は、さっきまで炎に照らされて鮮やかな緑色に輝いていた――。
ぼくはその顔に見覚えがあった。
記憶にあるよりも幾分あどけない顔立ちをしているけど、あと八年もすればあの時と同じに育つだろう。
あの日――。
一度目の人生の最後に見た光景を、ぼくは思い出していた。
破壊神イゼリヤを打ち倒すべく攻め入ってきた軍勢。
その先頭に、彼の姿はあった。
燃えるような深紅の髪を持つ、勇者。
太陽の寵児、太陽神の化身――。
ずいぶんよくできたシナリオじゃないか。と、ぼくは冷笑した。
自分が創造した世界で、それを滅ぼそうとする女神を打ち倒す勇者になる……?
くだらない夢想だ。
もしも、そんな馬鹿みたいなお遊びのためにこの世界を創造し、敵役の依り代にジルを選んだのが太陽神なのだとしたら、ぼくは――。
「どうしたの、ラドゥ?」
そう問われ、ぼくはハッとした。いつのまにか、ジルの外套の端を強く握りしめていたことに気づき、慌てて手を放す。
見上げると、自分を見下ろしている美しい貌に出会う。漆黒の髪と瞳、月光のように青白い肌――その色合いが倒れている少年とはあまりにも正反対で、ぼくは何故だかとても悲しくなった。
「ねえジル、この人は――」
「心配ないよ。特に外傷もないし、疲れが溜まっていたのだろうね」
「……そう」
今夜の宿はこの遺跡になりそうだ。
野営の準備を始めたジルを手伝いながら、ぼくは再び倒れたままの少年を振り返った。
今ここで彼を殺してしまったら、未来はいったいどう変わるだろう?
対立する存在がいなくなっても、やっぱり女神はよみがえり、この世界を滅ぼそうとするのだろうか。
もしかしたら、次の太陽神の依り代が生まれるまで、何事もないまま過ごせるのでは?
だったらいっそ――。
暗い感情が、ぼくの心に湧き上がる。
少年は目を閉じたまま、身じろぎもしない。
今なら簡単に殺せる。
これは、未来を変えるチャンスだ。
肉を炙るための串を手にし、ぼくはその先端をじっと見つめた――。
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