終焉の時(改稿済)

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終焉の時(改稿済)

◆◇◆  もし、世界を滅ぼす災厄と呼ばれる存在が、自分の大切な人だったら――?    暗黒の女神、破壊神イゼリヤを信仰する宗教国家メキシタニア神聖王国。  純白の宮殿の最奥にある塔のバルコニーから、ラドゥは地上を見下ろしていた。  眼下では、女神の聖騎士たちが押し寄せる敵軍と戦っている。  先頭に、勇者と呼ばれる少年の姿があった。  深紅の髪をもつ彼は、暗黒の女神イゼリヤと対を成す者――太陽神ヘルシーフの化身だという。  間もなく彼は女神のもとにたどり着き、滅びゆくこの世界を救うのだろう。  あるいは彼さえも倒されて、世界は終焉を迎えるのかもしれない。  女神イゼリヤの依り代となった大切な人は、その美しさは何ひとつ変わらないまま別の存在と化してしまった。  それから五年間――ラドゥは、王城の一角でただ命あるだけの虚ろな日々を過ごしている。  底の知れない暗黒の瞳で、滅びゆく世界を見下ろし薄笑みを浮かべる女神の姿は、残酷にもどこか慈愛に満ちているようにも見え――ラドゥにはそれがたまらなく恐ろしかった。  邪悪な女神を信仰するメキシタニアでは、死こそが真の平等であり、唯一の救いだと説いている。  自分がまだ生かされているのは、ただ殺す理由がなかったというだけだ。  あるいは信奉する女神が人間だったころ大切にしていた子供の命を、わざわざ奪うということに多少なりと躊躇(ためら)いがあったのかもしれない。  くだらない。と、ラドゥは思った。  本当にそう信じているのであれば、ぼくを殺すことも、女神の怒りを買って死ぬことも、恐れることはないはずじゃないか――と。  バカバカしい。  神が何を考えていようが、人間は結局自分たちの都合で争い死んでゆく。  それだけだ。  たとえこの世界が滅びようと、ぼくには関係ない。  ぼくのジルは、断じて破壊神なんかじゃない。  そう、ジルは五年前のあの日に死んだんだ。ぼくの幸せな日々と共に――。  何が正しくて何が間違っているのか、ラドゥにはもはやそんなことはどうでもよかった。  この世界が迎える結末を、見届けたいとも思わなかった。  それがどんな結末だろうと――もうここに、大切なものは何も残っていないのだから。  奇妙な造形の古いぬいぐるみを胸に抱き、少年は静かに目を閉じて、塔から身を躍らせた。  さようなら、ぼくの大切な人、大切な日々の幻影。  もし生まれ変わることができるのなら、またあなたの傍でただ穏やかに暮らしたい――。    そうして、少年は短い生涯を閉じた。  ラドゥ・アルザー・リム・ファーミル。  享年十五歳――。
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