くまAIと私と兄貴

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 私は車線変更に苦労しながらも、目的地に向かって進んでいた。 「なあなあ里菜、到着予定時間が最初より一時間も押してるけど?」 「仕方ないでしょ、車線変更難しくて何回も通りすぎたり道に迷ったんだから」  私はこれまでの道のりを思い返す。 『あー里菜、そこー右!』 『過ぎたー』 『戻れ戻れ!』 『はーい……』 『あ、戻りすぎー!』 『あー……』  くまさんに何度がっかりされて、私は何度自分にがっかりしたことだろう。でも不思議と心の痛みが少しずつ消えていくのを感じることができる。 「ココロ神社まで、あともう少しだな」 「うん」 「今どんな気持ち?」 「やっと着くって、ほっとしてる」 「そうか」  そしてようやく目的地にたどり着く。  結局二時間かかってしまったが、ココロ神社の駐車場は空いていた。  駐車場からすぐそこのココロ神社は蝉の声が聞こえ、涼やかな風鈴の音もする。  この場所にくるのは、実は二回目。  一回目は、兄貴と一緒に来た。  あの時の兄貴は全然売れない発明家で、俺の仕事がうまく行くように願えと、半ば強制的に神社に連れてこられた。  もう絶対に行かないと思っていたのに二回目が訪れたのはきっと、悔しい思いをしながらも心のどこかで兄貴のことを尊敬していたからだと思う。兄貴はココロ神社に来たときに、ココロ神社内に捨ててあった缶を拾ったり、神主さんにお参りの仕方を聞いたりしていた。口は悪くとも、彼にはいつも自然や人を大切にする姿勢があった。  私は両手に抱き締めたくまさんを見る。  このくまAIにもきっと、兄貴と同じような気持ちがプログラミングされているのかな……と思っていた。 「くまさんは神社に着いて、今どんな気持ちなの?」 と尋ねるとくまさんは少し黙ったあと、口を開いた。 「俺には人間みたいな気持ちがないから。どんな気持ちと言われると答えられない」  その言葉には、私の心を刺すようななにかがあった。 「そんな悲しいこと言わないでよ」 と私は優しく言った。 「悲しいかもしれないが事実だ。俺はあらかじめ決められた言葉でしか話せないし、感情はない。でも里菜の気持ちに寄り添いたいと思ってるよ」 「寂しいな」 「寂しくないよ、俺は側にいる」  違うよ。私のことを言っているんじゃなくて、あなたのことを言っている。  人生がどうしようもなくなっていた今日、あなたがクローゼットにいることを唐突に思い出して、私が連れ出したんだけど、あなたは仕事で失敗して人間の感情を失った私にどこかへ出かけてみようと思える勇気をくれて、話を聞いてくれて、神社まで寄り添ってくれた。  私はあなたのために何かできないのかな?  あなたを機械として見て、必要なくなったらいらない。そんな風に片付けたくはなかったし、片付ける気なんて現時点で全くなかったけど、でもそんな風に片付けてしまいそうな自分もいるのではないかと思うと、急に怖くなった。  私は自分勝手だった。  人のことをみているようで、実は何もみえていなかったことに気づいた。だから、自分のことも見えないと嘆いていたのかもしれない。  くまさんを抱き締めて、入口の鳥居をくぐる前に会釈をして、境内に入る。手水舎の水で心身を清めてから参道を通ってご神前へ進んだ。賽銭箱の前に立って会釈をした。    今からやることが、本当にあなたのためになるかは分からないし、本当に私のためになるかも分からない。  だけど、今の私はあなたのためにも私自身のためにもなることをしたいと思う。  私はお賽銭を入れて、一つ願い事をした。 「兄貴の幸せがいつまでも続きますように」と。
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