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***
車に乗り込み、私ははあとため息をついた。
「私は何しに来たんだろう? 帰ろう」
私の手には健康祈願のお守りが一つ。
世界を飛び回る兄貴から居場所をメールで聞いて郵送で渡そうと考えた。
再びティッシュケースの紐にくくりつけられたくまさんは私を見る。
「帰り道、安全運転しろよ」
「うるさいな、分かってるよ」
ねえ、あのお札はどこへ言ったのかな。
溶け込んでしまった嫌なお札は姿を消していた。
その時、電話がなった。
見慣れない携帯番号だった。
「はい」
と私は電話に出た。
「あ、坂越里菜さんの携帯でお間違いないですか?」
「はい」
「お忙しい中申し訳ありません。中村商事の採用担当の山口です」
と相手が名乗り出た。
私は目を丸めた。
中村商事とは、ダメもとで面接を受けた可愛いキャラクター文房具の販売をしている会社だった。営業職の枠で応募していた。
「お世話になっております」
と私が冷静を装い答えると、山口さんは話を続ける。
「先日の面接の結果ですが正社員として採用でぜひうちの会社に来ていただきたいと思い、お電話させていただいのですが、坂越さんのお気持ちはいかがでしょうか?」
「え……」
あまりの衝撃に沈黙してしまう。あそこの中途採用の倍率、いくつだと思っているんだ。とんでもなく、高かったはず。
「あ、あれ? もしもし? 私の声届いてますでしょうか?」
「あ、申し訳ありません。届いてます」
と私はすぐに返答した。
「良かったです」
と山口さんは優しく言った。
「ご連絡頂きましてありがとうございます。ぜひ働かせていただきたいです」
私は慎重な言葉を選び、話す。山口さんは歓喜の声をあげた。
「良かったです。では詳細につきましては、明日のお昼頃メールで送らせていただきます。詳細のメールが本日中にできずに申し訳ありませんが宜しくお願いします」
「いえとんでもありません。お忙しい中、ありがとうございます」
「いえ、それでは失礼いたします」
「はい、失礼いたします」
優しく電話が切れた。
私は隣にいるくまさんを見る。
「くまさん、就職先決まった」
と私はくまさんに喜びを伝えた。
「おめでとう」
とくまさんはお祝いの言葉をかけてくれる。
「ありがとう、くまさん」
と私は感謝の気持ちを述べた。
「里菜が頑張ったからだ。よくやったな」
くまさんが労ってくれて、私はにこりとして、そうだと携帯を手に取りメールをする。
『兄貴、ありがとう』
すると、兄貴からはすぐに返信が来た。
『は、何が?』
私はそれにくすりと笑った。
私は今日、くまのAIと旅に出た。
失った人生を取り戻す旅の中、私の側にはAIがいた。
「くまさん、帰ろう?」
「うん」
私はブレーキペダルを踏み、車のエンジンをかける。
私はこれから先、くまさんと共に新たな道を歩むことに決めた。
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