金平糖と姫のお心遣い

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平蔵と別れ城内に戻ると昭之助は 姫の元へ出向いた。 「昭之助……」と優しく微笑む桜姫。 「姫様、只今戻りました」  と頭を垂れる私に姫が言った。 「よい……昭之助、頭をあげよ。  で、城外はどうであった?」  と言うと、姫は私の目の前に  ちょこんと腰を落とす。 「ひ、姫様……近うございます」  驚く私に姫は優しく微笑むと 「よいではないか。早う  城外のことをわらわに聞かせよ」 そうおっしゃる姫に私は、 場外の市場の話、 そこに集う人々の活気に 満ち溢れている様子などを 姫に話して聞かせた。 その度に姫の目は大きく開き 私に色んな表情を見せてくれた。 私は、懐から小さな袋を取り出すと 姫に手渡した。 「姫様、これを」 不思議そうな顔で姫様は「何じゃこれは」 と言うと袋の中からあるものを取り出した。 「昭之助……これは、なんじゃ。  綺麗じゃのう、それに美しい」  と驚く姫に私は、  「姫、これは南蛮から渡来した。  『ぎやまん』というものだそうです」 「『ぎやまん』まっこと、綺麗じゃのう」 と姫は『ぎやまん』を翳してみせる。 「姫様、この『ぎやまん』を陽の光に  翳すと、今以上に綺麗だと商人が  申しておりました」 「そうか……じゃあ、今度陽の光に  当ててみようぞ」 と嬉しそうに姫が言った。 愛くるしい姫の表情を見ていた私、 もう一度懐に手を入れると、 紙で出来た小さな四角い小物入れを取り出し 姫に渡した。 「もうひとつあるのか?」 と言うと姫は小物入れのふたを開ける。 そして、大きく目を見開き、 「昭之助……これはなんじゃ」と 驚き顔で私の顔を見られた。 「姫様これは、南蛮の菓子『金平糖』  というものです」と私は説明をすると、 「お口に入れて見てください」 私に言われるまま姫は金平糖を一つ 手に取ると口の中に入れた。 姫のお顔は一瞬で綻び 「美味じゃのう。甘くて」 とお喜びになられた。 「この形、  まるで夜空に輝く星のようじゃ」  と金平糖を翳す姫の姿。 「のう、昭之助はこの金平糖は食したのか?」 「いいえ、私は食べたことがございません」  私の言葉を聞いた姫様は、箱の中から 金平糖を取り出すと、 「昭之助、口を開けよ」 と私の口に金平糖を入れようとした。 「姫様それは、いけません」と 抵抗する私に、 「よいではないか。せっかく場外の  市場に行って参ったのに、  金平糖も食さずに帰ってきたのだろう?」 「さようではございますが」と呟く私。 私の言葉を聞いた姫は、 「ほら、口を開けよ」と言うと 口を開けた私にそっと金平糖を落とした。 「う~ん、甘くて旨い」 思わず声を漏らす私に、 「そうであろう?」と言うと姫は 懐から白紙を取り出し箱の中に 入っている金平糖を何粒か乗せると 「平蔵と一緒に食せ」と言った。 「姫様……」と呟く私に姫は、 「今日は楽しい一日だったようじゃな」  と笑った。 その時の姫様のお言葉で、私は気がついた。 姫は、毎日、毎日姫のお傍に使える 私にしばしの安息を与えてくれたのだと。 私より三つも下の愛くるしい姫君が 私のような、男子にお気遣いくださる なんて。 目頭が熱くなってきた私に、 「昭之助、どうしたのじゃ?」 と心配そうな顔で私を覗き込む姫。 「何でもござません。  今日は、本当に楽しゅうございました」 と私は姫を見て微笑んだ。 『桜姫』の傍に使える十三歳の男子の私。 あどけなく、愛くるしい十歳の姫君。 可愛らしい二人のある日の出来事、 私は時々このことを思い出す。
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