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彼の真っ黒な光のない目が、こっちを捉えた。
「そうですけど」
低すぎないクリアに響く声。その答えに、僕はハッとした。佐々木憂という名前なんて早々何人も出会えないだろうし、何よりこの面影が証明してる。
同じ高校で同じ学年だった、佐々木くんだ。友達という訳ではなかった。ただの同級生。でも僕は頭のどこかでその顔が忘れられなかったんだ。
まっさらで透明な水みたいな表情。何も映していない瞳。あの頃と何も変わっていない…。
「えー!なになに、2人知り合いなの!?」
佐々木くんの表情に目を奪われていると、その女の子の声で意識が引き戻された。
「あ、えっと知り合いっていうか…高校の同級生。僕も今気付いたけど…」
「…同級生?」
佐々木くんは僕を見ながら、表情を変えずに首を傾げた。僕のことを覚えていなくて当然だ。特に話したことも遊んだこともないんだから。
「クラス違ったし、しっかり話したことなかったから、分かんないよね。僕、〇〇高校だった原崎叶羽」
「…あ、その高校、俺が行ってたところ」
「そうそう。僕もその学校。同い年だし同級生」
「そうなんですか」
そう言った佐々木君は、あの頃と変わらない。あの夕暮れ…放課後の教室で座り込んでいたあの頃と。
高校2年の夏、その日、夕方に忘れ物を取りに戻ってきた僕は、違うクラスの佐々木くんがなぜか1人で教室の隅に座り込んでいるのを見つけたんだ。
ぬるい風で揺れるカーテンと一緒に、佐々木くんの乱れた制服と髪の毛が揺れていた。そして目が合った瞬間、なぜか動けなくなった。
彼は、「無」だった。
そして黒くて光のない瞳から、溢れるように涙が伝っていたんだ。その光景に息を飲んだのを覚えている。「どうしたの?」と声をかけようとしたのに言葉が出なくて、見惚れてしまった僕は最低だったな。
すぐに立ち上がって去っていった佐々木君も、何も言わなかった。だから、口を聞いたのは今日が初めてだ。
「じゃあ、みんな同級生同士、仲良くしよーね!!」
「うん、そうだね」
あの時から…僕は男の人を恋愛対象として見るようになってしまった。彼が佐々木憂という名前だと知ったのはその次の日で。だけどその日に何があったのかは知らないまま。
あの佐々木君を目にしたことが…僕がゲイだと自覚したきっかけになったんだ、後からそう気付いた。
「へー、よろしく。原崎くん」
「…よろしく」
にこりともせずにそう言った佐々木君は、すぐ僕から目を逸らして手に持っていたグラスを口にした。
できるだけ、このキッカケのことは思い出さないようにしていたのに…もう一度、彼のあの表情を、あの顔を見てみたいな、なんて変なことを思ってしまうから。
なのに。いい事なのか、悪い事なのか、どうやら再会してしまったようだ。
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