230人が本棚に入れています
本棚に追加
一瞬、佐々木くんが何を言ったのか聞こえなかった。いや脳が伝達ミスをするほどに、僕は今思考が止まっているんだろう。
言葉が出てこなくて固まって突っ立っていると、佐々木くんは足を止めて僕の方へ近付いた。
「おーい」
「今、なんて言った…?ホテルって言った?」
「あ、聞こえてた?そう、言ったよ。一緒にホテル来ない?って」
どうやら伝達ミスではなかったらしい。だが、しかしそれ以上の意味は分からない。久しぶりに再会した同級生をいきなりホテルに誘う意味とはなんだろうか。
「えっと、目的を聞いてもいい?」
まさか、佐々木くんも僕と同じでゲイだとかそういうことなのか?と一瞬考えたが、そんなに都合よく自分と同じ境遇の人に何人も会うわけないな。
「ああ、女の子に誘われてて。この近くにいるから今から来れないかって。だから原崎くんもどうかなって」
「ほら、やっぱり違った」と肩を落としたが、それよりも気になるのは女の子に誘われたということ。僕を誘って来たということは、彼女ではなさそうだ。
「あの…それって彼女じゃないよね?」
「うん、違うよ。彼女いない」
「じゃあ、セフレってこと?」
「そうだね」
そうだったか…。佐々木くんって高校の時そんな噂は聞かなかったけど、今は大人になったってことなのか。まあ大人になれば、そういう相手の1人や2人いてもおかしくないだろう。
それにしても、そんな突っ込んだ話でも顔色ひとつ変えず淡々と言うんだな…。
「ぼ、僕は遠慮しとく」
「そう?分かった。じゃあここで」
「あ…待って!」
呆気なく去ろうとする佐々木くんの手を思わず掴んでしまった。初めて触れた佐々木くんの体。細いのに想像よりもゴツゴツしていて、意外な感触だった。
「なに?」
「えっと…その、よくそういう女の子と会うの?」
「まあ、うん。誘われたら」
「へぇ…何人もいたりするの?」
「数えたことないから分かんない。1回だけで終わる人もいるし」
それは、数え切れないほどいるってことか?ギョッとするってこういことだろうか。
「それが聞きたかっただけ?」
「あ、あともう1つ、なんでそんなにセフレを作ってるの?」
嫌そうな顔をする訳でもなく、気まずそうな顔をする訳でもなく、佐々木くんはただ授業で問いに当てられた生徒のように淡々と答える。
「作ってる訳じゃないけど、誘われたらするだけ。俺からは誘わないし、その後また連絡がきたら何もなければ会う感じかな。ああ、でもそれをセフレって言うのかな?会ってって言われたら断る理由ないし会うだけだよ」
なんで僕はこんなにこの人のことが気になるんだろう。別に自分には関係のないことなのに。あの時と同じだ。教室で佐々木くんを見つけた時みたいに、目が離せない。
「そ、そっか……」
「原崎くん」
「え、?」
「なんで手をずっと握ってるの?」
視線を下ろすと、僕の手に無意識にずっと掴みっぱなしだった佐々木くんの手があった。もうすぐ秋とはいえ、まだ少し生暖かい季節のせいか、僕が激しく動揺しているせいか。熱を持って手が汗ばんでいる。
「あ、ご、ごめん」
「君の手、すごく熱いね。変なの」
「…あの、佐々木くん、連絡先教えてくれないかな」
「連絡先?うん、いいよ」
これも、動揺したせいかもしれない。でも、もしかしたら僕は、佐々木くんと知り合って仲良くなりたかったのかもしれない。
いや、それともあの時みたいな佐々木くんの顔が見たいから?
いや、今はどの理由も考えられるし、自信を持って言える理由が分からない。
「はい、これ登録しといて」
「…うん、ありがとう」
「じゃあ、行くね」
「連絡とかしてもいいかな!?」
「別に?いいよ?」
今度こそ背中を向けて歩いて行った佐々木くんの背中を見送った。失恋した日に、こんな刺激を受けるとは思わなかったよ、俊太。
最初のコメントを投稿しよう!