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壱.
あぁ、またあの匂い。
むせ返るほどの、甘い蜜に水を垂らしたような――狂わせ躑躅蝶の匂い。
眼の前に転がる、故郷の一族と鬼たちの遺体。
血の池のように溜まった紅い水溜りの中。
薄っすらと意識を取り戻した自分は跪かされる。
抵抗も虚しく、振り落とされる刃から与えられる左腕の激痛。
叫び声を上げるのもお構いなしに、取り押さえてくる無数の手。
自分の血も加わって広がり続ける紅い水溜りの中、最後に堪能した男の匂いがぐっと近くなる。
狂わせ躑躅蝶の、匂い。
[――――ル、スズル!]
皮肉にも気に入らない相棒の声で、覚醒が叶った。
荒くなっていた息をゆっくりと整えている最中、
[また過去の夢を見ていたな]
「……悪かったわね、爽やかな朝を台無しにして」
左腕に義手として搭載されたサムには、神経を通してスズルの身体感覚や記憶が共有される。
もちろん、スズルが眠っている最中に見る夢の内容も全てだ。
機械相手とはいえ、あの忌まわしい記憶を毎度見られるのは気分が良くない。
サムにとって何てことはない、只の“情報”にしか過ぎないのだが……
寝汗を拭き取り、身支度をしている最中。
[行くのかい、メンテナンス]
またその話かと、眉間のシワが一層深くなる。
サムの彼に対する杞憂に付き合わされるのは、これで何度目だろうか。
「行かなきゃ戦えないでしょ」
[それはそうだが……彼は、アザレアは]
「“あまり信用しない方が良い”、何度も聞いた」
サムが何故そこまでアザレアを警戒するのか、スズルには理解出来なかった。
世界各地の魔法生物や魔法道具を強奪、そのためなら殺戮さえ厭わない魔法錬金組織“コレクターズ”。
奴らと敵対し、更なる犠牲から護るために結成された外つ国の魔導工学組織“ガーディアンズ”――それがスズルたちの所属している組織名だ。
アザレアは、この組織で優秀なメカニックとして働いている。
故郷で大切なものを全て失ったスズルを発見して救出したのも、魔力がなく本来加入すら出来ない自分に戦う力と帰る場所を与えてくれたのも。
何より、失くした左腕に“搭載”という形でサムと引き合わせたのも彼自身であった。
「人当たり良し、メカニックとしての腕も良し、組織内での信頼も厚い。貴方の生みの親の1人でもあるのに、何がそんなに気に入らないのよ」
[だからこそだよ]
変わりない笑顔、変わりない職人としての腕、変わりない信頼の厚さ。
[可笑しいと思わないか。私のような機械であればまだ話は解るが、彼は“人間”だ。人間であれば多少なりとも“人間らしい変化”が感じ取れる。だが彼には、全くそれを感じ取れない]
「つまりそれは、彼が“不気味”だと言いたいの?」
[“不気味”……そうだな、もしかしたらそうかもしれない。キミたち人間の言葉を借りるとするならば、だが]
「機械の貴方が、そんな風に思うなんてね」
一瞬、場の空気が凍り付いたような気がした。
だが間違ったことも言ってはいないはずだ。
元々仲が良いとはお世辞にも言い難い方だったし、後ろめたい気持ちなんて抱く必要もないはずだ。
[……信じないなら、それでも構わない。だが私も仕事だ。キミのお目付け役として、これだけはやっておいて欲しいことがある]
「……考えておくわ」
それだけ言って、背けるように自室を後にした。
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