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肆.
ぼんやりとだが、ようやく意識が覚醒してきた。
霞がかかっていた視界は、段々と明瞭になっていった。
辺りを見回すと、どうやら洞窟の奥深いところまで来たらしい。
……いや、“来た”というより“運び込まれた”の方が正しいようであった。
朱々と壁にかけられた複数の松明に照らされた自分の身体は、膝立ちの姿勢で縛られていた。
縛りの呪文で生成された鎖は空中の闇へと繋がり、自分の両手首を上げる形で拘束している。
(魔法で生成された鎖だから生身で振り解けないのは承知の上だったけど、まさか筋力まで……)
弛緩状態にあった。
原因は解っている。
辺り一面に置かれている、鉢植えの花々だった。
「やぁ、お目覚めかい?」
背後の闇から木霊する声。
姿が見えなくても、最早誰がこんなことをしたのか察しはついていた。
が、彼は何の躊躇もなく――まさに花に向けて舞う蝶のように、ひらりと姿を現した。
「どうだい、“狂わせ躑躅蝶”の匂いは」
“狂わせ躑躅蝶”――蝶の羽根を模した花弁が特徴で、その匂いは人を狂わせるという魔性の花。
「筋力弛緩だけでなく、身体の火照りと疼き……どれも身に覚えがあるだろう?」
彼――アザレアの言う通りだった。
どういうことか尋ねたくても、上手く口元や声帯の筋肉が動かない。
それどころか気を張っていなければ、危うく涎がみっともなく垂れそうになる。
加えてあの忌々しくも狂おしい、熱い焦れた感覚が身体を侵食し支配下に置きつつあった。
「その表情、眼差し……あぁ、2年前と変わりなくて嬉しいよ」
まさかとスズルの考えを察したアザレアは、
「そうだよ。2年前、コレクターズたちをキミの島に上陸させたのは僕さ」
全く気付かなかった。
どうして気付けなかったのだろう。
仇の1人が、こんなにも近くに居たと言ういうのに……
「キミが気付けないのも無理はないさ。当時の僕はキミに手が付けず指を加えて見ていなければならないほど、下っ端中の下っ端だったからね。それに――」
“キミはキミであの時。醉がり狂っていて、それどころじゃなかっただろう?”
耳元で囁かれ当たる吐息に、するりと指先で弄られるように撫でられる太腿。
呼び起こされる、思い出したくもない記憶と痛み。
全てがスズルの肌に粟を生じさせた。
「あぁ……唆られるよ、その眼差し。あの時もそうだった。犯されても尚、保とうとする高潔さを宿した眼差し……僕はキミのそういうところに惹かれたんだ」
ぐっ、と顎を掴まれ無理矢理向かい合わせられる。
甘夢に包まれているような、恍惚とした眼差しがそこにあった。
「サムも一緒に来るかと思って、ジャミングマシーンも用意して置いてたけど……必要なかったようだね」
“キミたちの不仲は耳にしていたけど……まさかこれほどにまで仲が悪かったなんてね、助かったよ”
アザレアは本当に酒にでも酔っているかのような調子で段々と饒舌になっていき、
「“ガーディアンズに潜入、のち内部壊滅”――それが任務だったんだけど、もうどうでも良くなってきちゃったよ」
“今日、この日のためだけにガーディアンズに留まり続けていただけだからね”
その台詞を耳にした途端。
(情報提供、どうもありがとう)
胸の内で嗤ったと同時に、出せる分だけの力で奥歯を噛み締める。
プチッという音と共に、液体が口内に流れ込んだ。
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