序.

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序.

     大地が震えている。    自分を捕えようとする愚かな人間たちも、それらがもたらす縛りの魔法云々も。何もかも振り落としなぎ倒そうと藻掻いている。    並大抵のコレクターズなら呪文を唱える前に尻尾一振りされてノックアウトだろうが、用心に越したことはないと先を急ぐ。    あと少しで辿り着こうとした矢先。    耳をつんざくような雄叫びが上がり、この短時間内で一番大きな地響きが渡った。    [スズル!]    「解っている」    名を呼んだ相手に返事を返すと同時に、足元のジェットモードを最大出力まで上げて駆け抜ける。     疾風の如き速さにチェンジしたおかげで、3秒も経たない内に目的地へ到達。    躍り出た瞬間に集まる注目の視線、一瞬の隙を利用して。    文字通り“一蹴”技で敵をなぎ払い、倒れた竜を護るように立ち塞がった。    (これは……)    [お察しの通りだ、スズル。奴ら、彼の同胞の爪に火傷蜘蛛の毒を塗ったようだ]    火傷蜘蛛――生体自体は小さいが強烈な猛毒を持ち、毒を塗った武器に貫かれれば焼け爛れるような熱さと苦しみに悶えながら逝くという。    竜であればすぐに死に至りはしないだろうが、毒を塗った矢じりの攻撃を複数受けているため早急に処置が必要だった。    毒を塗った矢じり――素材元はドラゴンの爪の欠片で間違いないだろう。    でなければ、皮膚が他の魔法生物より強固であるドラゴンが矢傷を受けるはずがない。    竜は同族、あるいはそれ以上の魔法生物でなければ簡単に傷を負ったりはしない。    強大な魔法生物を狩るために、また別の魔法生物を狩る。    狩られた魔法生物の部位は高額な金にもなり、また良質な魔法薬などの素材にもなる。     生きていくために必要な分だけ狩る。    敬意と感謝を込めて。    だが、目の前の奴らは違う。    奴らは……コレクターズの行いには、敬意も感謝もない。    尽きることのない、己の欲望と好奇心の満のみ。      [! 待てっ、スズル!!]    静止の声が脳内に響くが、届いていなかった。    頭が、グラグラする。    熱湯が鍋から我慢し切れず吹き出るように、あるいは溜まりに溜まったマグマが火山からゆったりと流れ落ちてくるように。    相棒の声よりも速く、左腕の刀装備を起動させていた。    ジェットモード最大出力を放出し、人波の間を縫って駆け抜ける。    コレクターズも咄嗟に防衛魔法を繰り出すも、喉元や急所に刃が届く方が速かった。    舞い上がる血飛沫と断末魔は次から次へと数を増えていくばかりで――――    やがて、誰もピクリと動かなくなった。    しかし、まだ物足りないのか。    既に事切れた遺体を足で蹴り転がし、刀を降り下ろさんとした。    ――が、叶わなかった。    振り降ろそうとした刀腕が、何かに抑えられているように震えながらも動かんとしていた。    「…………サム、邪魔しないで」    [スズル。いつも言っているが、キミはやりすぎだ]    やれやれと溜息を出さんばかりに、サムは相棒である彼女の右顔に装着しているゴーグル型探知機のスピーカーから苦言を漏らした。    [私たちの任務は“竜の保護”、それから――]    「……“頭領の首の在り処を聞き出す”」    [そうだ。まったくキミは……コレクターズを前にすると、いつも冷静じゃいられなくなるな]    「貴方みたく“理性的に”、なんて無理よ」    [その言葉、そっくりそのままお返しさせて貰うよ。私からしてみれば、キミの“衝動的”かつ“感情的行動”は理解しかねる]    当たり前でしょ、と今度はスズルの方が溜息を零しかけた。    AI型 Support ArmaMent――それがサムなのだから。    身体に寄生している機械に、衝動的かつ感情的行動は解るはずがない。    大切なものを失った悲しみと絶望、そしてそれら全てを奪った者たちへの憎悪を…… .
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