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授業が終わって帰りのバスに乗っている間、凪はずっと不機嫌だった。
当然のように放課後までに瑛茉と話す機会は無かった。
一体何の話なのか気にはなったが、予定が無くなってしまったのだから仕方ない。
女子と話している輪の中に入っていくのは、気が引けるものだ。
凪は泣く泣くみんなとの約束を優先させて、いつものバス停の近くにある公園で、昨日やっていたアキレスのコントのマネをする。
バンバンとアキレスごっこをしている内に少し気が晴れてきた。
紡が交代しようと言っても代わらなかった。
紡は泣き出したが、いつもの事なので放置していた。
そこにニコラスが、女と一緒に公園近くの歩道を歩いているのを見つけた。
前に見た女の人と違うが、同じ様に化粧をして大人って感じの人だった。
黙って歩いていればニコラスはモテるのだ。
なんせ金髪に碧眼なのだから。
だらしのない顔をしてヘラヘラと歩いているニコラスを見ていると、収まった筈のイラつきが湧き出してくるのが分かった。
凪は嫌がらせで、公園から飛び出して呑気に歩いているニコラスに声を掛ける事にした。
「パパー、何してるの?」
「パパ?」
凪の発した嫌がらせの一言にニコラスは当然のように焦った。
隣に居た女の顔は一瞬にして般若に変わった。
その顔に凪は噴き出すのをこらえた。
「ち、違うよ。ベイビー。こら、凪、悪い冗談はよせ」
「何で冷たい事言うんだよ、パパ。僕の事嫌いなの?」
笑いを堪えながら自分の事を「僕」と言って可愛い子ぶって見せる凪。
「いや、嫌いじゃないけど」
「ニコラス、あなた子持ちだったの?」
「違うよ。まだ結婚すらしてないよ」
「だってこの子は貴方の事をパパと呼んだわ」
勢いよく詰め寄る女を尻目に凪は泣き真似を始めた。
「な、凪どうしたの?」
歩道で話している凪が気になったのか、紡と虎太郎がやってくる。
「パパが僕の事を子供じゃないって言うんだ」
「ぱ、パパ?」
紡が凪の言葉に疑問の声を上げたが、女は紡がニコラスをパパと呼んだと勘違いしたようだ。
「あなた、二人も子供が居たの?」
「ち、ちがう。こ、こら紡」
「仲間外れ?」
ここぞとばかりに追い打ちを掛けるように虎太郎がニコラスの手を握りながら上目遣いで見上げた。
確実に空気を読んだ確信犯である。
「三人……」
いい具合に勘違いしたようだ。
女はニコラスを睨んでから思いっきり振りかぶってから頬を叩いた。
当たりに小気味いい音が響いて、思わず笑いだしてしまいそうになるのを、凪と虎太郎は必死にこらえた。
「もう、子持ちだと知ってたら引っかからなかったわ。最低。帰るわ」
女は呆然としているニコラスを置いて帰ってしまった。
女の姿が見えなくなると、凪と虎太郎はあまりのおかしさに笑いだしてしまう。
そして上手くいったと言わんばかりにハイタッチをする。
紡は何が起こっているのか分からずにオロオロとながらも手を掲げて合わせる。
漸く三人が居ない事に気がついたのか、春斗がやってくる。
そして意味が分からないままハイタッチに加わった。
「お前ら、良くも俺の今日の晩飯を逃がしてくれたな。今日の晩飯どうすんだよ」
復活したのは女からタカろうとしていたクズだった。
「別に、ただ勝手に勘違いしただけでしょ?俺は悪くない」
「同じく」
「大体真面目に働かないのが悪いんだよ」
違う、嫌がらせだ。
紡は自分のせいでニコラスが今日御飯が無くなってしまったという事に気が付いてオロオロとしている。
「良く分からないが元気を出せ。女は星の数程居るというじゃないか」
残念ながら、田舎には適齢期の女性など星の数程は居ない。
あまりにも落ち込んでいるニコラスを哀れに思ったのか紡が声を掛ける。
「しょ、食堂に行けば、あ、余り物を貰えるんじゃない?おばちゃん、優しいよ」
ガックリとしていたニコラスは何かを思いついたかのように、笑った。
「いや、食堂には行かない」
「どうしてだよ、女を騙して引っ掛ける程腹減ってるんだろ?」
思っていたような反応と違う事に凪は不審に思った。
「今いったらマズイ事になるからな」
「何だよ、マズイ事って」
「あ、お前らは子供だから知らないのか。まあ、お子様には秘密の事だもんな」
明らかに子供扱いされた事に、四人は憤慨した。
クズに馬鹿にされる事程腹の立つことは無いのだ。
「何だよ、もったいぶってないでさっさと言えよ」
我慢が出来なかった凪がニコラスに詰め寄ると、にやりと笑ったニコラスが告げる。
「お前ら知らないのか、みんな人気のデラックスバーガーの肉はミミズで出来てるんだぞ。今は明日使う分のミミズを丁度解体している最中なのさ」
衝撃的な一言に四人は固まる。
まさか今まで喜んで食べていたデラックスバーガーがミミズ?
「こ、根拠は?」
復活した虎太郎が珍しくドモりながら聞く。
すると待ってましたとばかりにニコラスが得意そうに言った。
「お前ら不思議に思わなかったのか?デラックスバーガーなんて正規の物を買ったら倍以上の値段がするんだぞ。それをあんな低価格で売るなんて、実際は牛の肉じゃなくて他の物の肉を使ってるに決まってんだろ」
あまりにも説得力のありすぎる言葉に、昼にデラックスバーガーを食べていた春斗のお腹を、三人は思わず見つめてしまう。
変な音がして春斗は口を抑える。
「ぎぼぢわるい」
「春斗、やるならトイレ行け」
凪の一言に春斗はトイレに走っていってしまう。
「う、嘘だよね、凪」
「そうだよ、俺たち嵌められて嘘ついてるだけだろ。ミミズの肉な訳ないだろ」
泣きそうな顔で紡が凪の腕にすがりつくが、凪も動揺していて否定するので精一杯だった。
「田舎に住んでるお前らは知らないかもしれないが、これは都会でも流行った話だ。誰に聞いても同じ様に答えるさ。まあ、信じるか信じないかはお前ら次第だ」
また別の女を引っ掛けに行こうとクズな発言をしながら、ニコラスは去っていった。
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