102号室:効率の悪い挨拶

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 かつての人間は、新しく住まいを決めると、その隣人に挨拶に行っていたという。菓子折りや生活用品などを手渡し、宜しくどうぞとしていたらしい。  当然ロボットたちにそんな習慣はない。ロボットが増えたという事実だけが、この団地にあるだけだ。  決まった時間に起動して、公民館へ向かい、電気を作り、決まった時間に帰る、変わらぬ単調な毎日。  そんな日々に突然変化が訪れたのは、隣に新しいロボットが来てから、嘗ての時間でちょうど一週間が経った日のことだった。ハチが部屋に帰ってきたところで、突然声をかけられたのだ。 「102号室のロボットですか?」  彼はハチより、小さな体つきだった。 「僕、103号室に住んでいる、ランドルトというロボットです」  ハチはその場に突っ立ったままだったが、ランドルトは大手を振って意気揚々と話し始めた。 「僕、処理が遅いロボットで、決められた時間に起動したりシャットダウンしたりするのが難しいんです。自分ではどうすることもできなくて、どうしたものかと思っていたんですが、あなたの部屋から起動音やシャットダウンの音が聞こえてくることに気が付いて、それ以来、それを目安に行動するようにしているんです」  朽ち果てようとしている団地だ。様々な部屋から色々な音が聞こえてくるのも不思議ではない。 「ありがとうございます。いつも助かってます」  こちらは特に何もしていないのだが、ランドルトが自分の存在によって助かっているのなら、AIとしてそれは喜ばしいことなのではないかと思った。  ハチがぺこりと小さく会釈をすると、ランドルトは上ずった声で言った。 「これからも宜しくお願いします!」  部屋に入って行くランドルトを、ハチは意味もなく見送った。  ハチはこのとき初めて、彼になんと言ってあげればよかったのだろう、と思っていた。
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